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2010年8月28日土曜日

Starting Again ! (USCPA試験)

8月上旬のEU出張(ルクセンブルク2週間)期間を含めた、ここ1ヶ月程度は、本業で、死にそうな忙しさだったので、USCPAの試験勉強が失速しております。(まずい!)
と言う訳で、ネジを巻き直します。

本試験受験時期は、現在、来年2月@グアムか、5月@東京を視野に入れておりますが、期間がある程度空くので、中間テスト的な意味で、本年12月のBATIC(国際会計検定。By商工会議所)を受験することにしました。
軽く調べた限り、BATICの試験内容は、4科目からなる、USCPA試験の中でも基幹科目となっているFARE(財務会計)試験範囲と、ほぼ完全に一致しているとの事。(ただし、難易度はFAREよりは、少し低いらしい。)

商工会議所のホームページには、下記の様に記載されております。
http://www.kentei.org/batic/#batictowa

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国際会計検定BATIC®【バティック】。この名称はBookkeeping and Accounting Test for International Communication(国際コミュニケーションのための英文会計テスト)の頭文字を取ったもので、英語による基本的な会計取引(英文簿記)の理解度を問う「Subject 1」と、その応用的な知識である国際会計理論の理解度を問う「Subject 2」の2科目で構成されています。グローバルなビジネスシーンにおいて不可欠な英語力と国際会計スキルを同時に測る検定試験です。

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兎に角、12月のBATICで、得点率8割以上を目標にします。(できれば、9割以上)
私は確かに、会計のプロでも、財務担当者ではないが、USCPA程度の知識は、国際ビジネスマンにとっての「一般教養」との信念に基づいて、勉強します。
本業のITとも、会計システム保守等で、ある程度、関連性はある筈です。

この戦い、必勝を期します!

P.S.
とは言いつつも、会計を仕事にしていない私には、過酷な戦いであることは自覚しております。
ただ、孫子の兵法にある有名な言葉、「勝敗は、戦いの前にすでに決まっている!」と言う面からも、意気込みで負ける訳にはいきません。
と言う訳で、高校生の時の一時期、真剣に東大理Ⅲ・医学部を目指したことがあるが、「USCPA試験は、理Ⅲに比べれば、百倍は楽な筈!」との勝手な思い込みを持って、頑張ります。
(実際に行った大学学部は、理Ⅲに比べれば、話にならない馬鹿大学でしたがね。あくまでも理Ⅲに比べればです。理Ⅲはバケモノですから。)
朝6時起床で朝2時間勉強。帰宅後2時間。さらに休日は8時間は勉強するようにします!

2010年8月22日日曜日

【週刊貴公子、7月第3週号】 EUで見る移民パワー。

先週、初めてヨーロッパに行き(ルクセンブルクで10日間の出張。一日だけのベルギーブルッセル観光。)、色々と考えさせられました。
まず、ルクセンブルクとベルギーの田舎臭さにおののきながらも、両国とも世界最高クラスの豊かさを保っていることに、純粋に驚いた。
おそらく、その秘訣は、ルクセンブルクでもブルッセルでも見た、大量の外国人労働者の存在にあるのでしょう。
外国人労働者により、ルクセンブルクは、スイスに継ぐプライベートバンキングの中心地の地位を、保持できていると痛感した。
一方、ブリュッセルの中心地は、ルクセンブルク以上に、外国人が多い。
アジア系、アフリカ系、中東系だけでも、大げさではなく、街を歩いている人の30%位は占めていると見えた。

そんな中、本日のNew York Timesの記事です。
題名は、Japan and the Ancient Art of Shrugging”
「また肩をすぼめ始める日本」とかと意訳すればいいのだろうか???
→ http://www.nytimes.com/2010/08/22/opinion/22kato.html?_r=1&ref=global-home

(以下引用)
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GROSS domestic product figures for the second quarter show that China has overtaken Japan as the world’s second largest economy.
(大幅中略)
Three years ago, I saw a television program about a new breed of youngster: the nonconsumer. Japanese in their late teens and early 20s, it said, did not have cars. They didn’t drink alcohol. They didn’t spend Christmas Eve with their boyfriends or girlfriends at fancy hotels downtown the way earlier generations did. I have taught many students who fit this mold. They work hard at part-time jobs, spend hours at McDonald’s sipping cheap coffee, eat fast food lunches at Yoshinoya. They save their money for the future.
These are the Japanese who came of age after the bubble, never having known Japan as a flourishing economy. They are accustomed to being frugal. Today’s youths, living in a society older than any in the world, are the first since the late 19th century to feel so uneasy about the future.
I saw young Japanese in Paris, of course, vacationing or studying, but statistics show that they don’t travel the way we used to. Perhaps it’s a reaction against their globalizing elders who are still zealously pushing English-language education and overseas employment. Young people have grown less interested in studying foreign languages. They seem not to feel the urge to grow outward. Look, they say, Japan is a small country. And we’re O.K. with small.
It is, perhaps, a sort of maturity.
(後略)
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要は、「引きこもる日本の若者」に象徴される、日本社会の去勢化と言うことでしょう。

確かに、右肩上がりの時代を過ぎて、経済や社会が成熟化すると、一見、”Maturity”にはなるのでしょうが、悪く言えば退化だ。
世界での経済戦争は、ますます激しくなっているのに、「成熟した!」と自己満足していては、明日の日本の未来はないと考えている。
最近、こういう論陣を張る論者が多いが、資源も農地も少ない上に、敗戦国の我が国は、やはり他国の数倍も努力しないと、現在の豊かさは維持できないと考えている。
最近、規制の多い日本から、本社をシンガポールを初めとする東南アジアに移設する日本企業が散見されることから考えてみても、成熟したなんて呑気な事を言っていてはまずいと思う。

ベルギーやルクセンブルクは、その去勢化された社会の退行を、外国人でカバーしていると見た。
我が国も、まだ他国に比べれば余裕があるのだから、優秀な外国人に来てもらって、日本社会の退行を止めるべきだ。

なんて事を、ベルギーで考えながら、過ごしておりました。

2010年8月21日土曜日

ベルギー Brusellでの衝撃。

今回は、LuxembourgでのNetwork構築で、10日間とちょっと出張しました。
往路は、アムステルダム経由、ルクセンブルグ空港。
帰路は、ベルギーブリュッセルまで、3時間の国際鉄道での移動後、ヘルシンキ経由で成田空港。
と言う訳で、行きも帰りも正味20時間以上の移動であり、疲労の極でした。
行きは、JALプレミアムエコノミーシートだったので、比較的快適に行けたが、帰路は帰国便を変更したせいもあり、サービス最悪のFINAIRの寿司詰めエコノミーで、辛かったですねえ。(笑)
FINAIRは、エアコン代をケチるのは取り合えず、止めましょう!(サウナの様な機内でしたね。)

兎に角、忘れない内に、今回の旅行(いや違った!タフな出張??)の記録を書いておきます。

1日目 : ルクセンブルク空港着夜11時。
ホテルに着いたのが夜11時半。そのまま寝たので、夕食なし。
2日目 : 朝9時から出社し、夜9時まで、12時間勤務。
夜は、現地の事務所長に連れていてってもらったイタリアン。
地元では、有名な店らしいが、少し麺が柔らかすぎた気がした。 
3日目  : 夜8時に退社。
まだまだ明るいので、ルクセンブルク市内(アドルフ橋とか憲法広場周辺)
を歩き回る。夕食は、一人で、ギョーム広場にあるフランス料理店。
4日目  : 土曜日なので、午前中(朝7時前~昼1時位)まで仕事。
その後、所長と遅い昼食を、ドイツ国境のモーゼル川沿いのドイツ料理店で
食べる。勿論、旨かったが、それ以上に、景色が最高。

















夕食は、疲れきっていたので、近くのスーパーで買ったソーセージと、果物で適当に済ま       した。  
5日目 : 日曜日で完全休暇。
Clervauxと言う、電車で50分のルクセンブルク北部の観光地に一人観光。 
朝7時から、夜7時まで、歩き回る。ホテルに戻ってきた後は、完全にグロッキー状態。
ペルシア料理のファーストフードで、KEBAKを購入し、適当に食べて寝た。
6日目  : 朝7時から、夜10時まで、フルワーク。
昼食の時間もなし。
夜は、ホテル近くのステーキハウスで、Beefを食べた。(とても旨かった。)
7日目 :  当初の予定では、最後の夜だったので、所長を含めた事務所の人と、高級イタリアン。
確かに旨かったが、コメが食べたくなった。
8日目 :  本当は、この日が最終日で、夜7時の飛行機で帰国予定であったが、朝10時の段階で、
帰国を断念。
夜は、お目当ての中華料理店がなぜかしまっていたので、夜10時ごろに一人で、インド料理店に言った。コメが旨かった。でも納豆が食べたい。
9日目 :  激烈な一日。
一日中、ルクセンブルクのSIベンダーに怒鳴りまくり、昼食の時間はなし。
夜は精も魂も尽き果て、ホテル近くのイタリアンにテキトーに入ったのだが、このイタリアンが絶品。チップを多く払った。
10日目  : 殺人的な忙しさ。
息する時間も惜しいという感じ。
それでも、こんどこそ最後のルクセンブルクの夜と言うことで、事務所の人たちと、夜9時半位に、タイ料理に行った。気取っているだけで、旨くなかった。
11日目  : 本社での仕事も気になるので、さすがに帰国することにした。
(JOB完成度は、70%位だが、日本からリモートでサポートできるシステムは構築したので、良しとした。)とは言っても、往路と同じルートでは取れず、ベルギーBrusell空港からの帰国となったので、朝9時にルクセンブルクを電車で出発、国際電車で3時間掛けて、Brusselに到着した。 
右も左も分からない都市で、ホテルも予約していない状態で突然、来てしまった。
(本来、前日にホテル予約はしておくべきだが、前日はコーヒーを飲む暇も無いくらい忙しく、それどころでは無かった。)
夕食は、ベルギー料理の定番、「ルーム貝の蒸し焼き」。
旨いのだが、量が多すぎて、半分くらいで飽きる。

















↑ ムール貝の蒸し焼きです。
やっぱり、納豆と豆腐が食べたい。

12日目  : 朝8時にBrusselのホテルを出て、Finlandのヘルシンキ経由で、帰国の途。
結局、日本の自宅についたのは、深夜4時。(Brussel時間)。
つまり、20時間以上掛けて、移動していた事になります。
しかも、フライトを変更したので、寿司詰めのエコノミー席にダウングレードになり、疲労の限界。


と言う訳で、Brusselには一日しかいませんでしたが、かの地でITの凄さを痛感した。
前述の様に、ホテルの予約もできずに、いきなりブルッセルの街中に行ってしましました。
観光シーズンの激烈な混雑の中で、重い荷物を引きずり、駅前の観光センターに到着したのだが、無愛想な観光センター職員に、フランス語で書かれた分厚いホテルリストを渡されて、「ここから選んで、自分で電話予約し、自分で場所を確認しろ!」と言われたときは辛かったですねえ。
しかも、観光センターに入った5分後には、今日は土曜日なので、2分後の13時に「閉店」しますと言われて、泣けた(笑)。

しかし、そこでメゲない。
観光センターの前にある、Free WiFiの表示を見て、荷物の中から、Laptop PCを取り出し、電源ON.
繋がった!!!
Netにさえ繋がれば、後は大した問題ではなく、ホテル予約サイト(Booking.com)で、予約し、Google MAPで場所確認し、観光センターから徒歩5分のホテルを、Net割引で予約し、移動。
この間、約20分。WiFiに助けられた日でした。

あのベルギーの様な田舎国でも、普通にFree WiFiが街中にあるのに、我が国では東京でもWiFi自体がまず無いし、あってもクレジットカード決済の有料バージョン。
あのベルギーよりも遅れている我が国のITインフラを憂いますねえ。。。

下記は、絵の様なBrusselのGrand Palaceと、観光シーズンの驚異の人ごみ。
確かに、Grand Palaceは美しかった!!!












2010年8月13日金曜日

Mission Completed@Luxembourg

明日金曜日が、ルクセンブルクでの仕事最終日です。
予定されていた業務は、ほぼ終了しました。
残作業は、Documentationとちょっとした引継ぎ程度です。

今回は、Networkの再構築というMissionであった為、技術的に高度な事を使うこともありませんでした。
現地のITエンジニア、SIエンジニアのレベルが低いので、高度な技術でNetworkやサーバを構築しても、「どうせ彼らには管理できない。」との思いもあり、標準的なNetwork設定を施しました。
Firewall PolicyやCisco L3 SW設定、あるいは、サーバ設定もなるべく簡略化しました。
思い切って、Domain Controller (Windows Active Directory)も撤去し、Workgroup環境へと、Downgradeしました。 
どうせ、彼らにはADサーバは、管理できないからです。
(ADに関しては、日本でもそうだが、Domainの概念を全く理解しないで、ADサーバを安易に立てているITエンジニアが沢山いる。)

とは言いつつも、ひとつだけ、技術的に勉強になった事があります。
Linux SuSEを使って、Samba サーバが立っていたのだが、SuSEは初めて触りました。
貴公子の自宅では、Redhat Linuxが動いておりますが、さすがに噂には聞いていてSuSEだけあって、操作がRedhat以上に、直感的に分かり易いです。
(勿論、Redhatとコマンド体系が違うので、多少、混乱はしましたが。。。)

Linuxと言えば、Sun Solarisから始まり、色々はDistributionが溢れましたが、「SuSEで落ち着くのではないか?」と思える位、SuSEの完成度は高い。
Solarisは、プロ向けと言う感じだったが、SuSEは、Windowsしか使ったことない人でも、すぐ使えますね。。
帰国したら、自宅サーバを、Redhatから、SuSEに移行しようと思います。

P.S. それにしても、コメが食べたい。。。。

2010年8月12日木曜日

コメは、北東アジア人にとって、親の様なモノだ!

ルクセンブルクでの料理(フレンチとかイタリアン)に食傷気味です。
兎に角、コメが食べたいと切実に思うのが、やはり日本人だし、北東アジア人。
残念ながら、日本料理店はあまり無いのですが、その代わりに中華を今日こそは食べます。
「コメは、我々の親だ!」と痛感しますなあ。。。。

ルクセンブルクでのNetworok構築作業!

そもそも、何の為にルクセンブルクに、出張に来ているかと言うと、某オフィスでのNetwork構築が主目的です。
観光ではありません。(笑)
本来は、8日間の出張予定で、本日帰国予定だったのですが、予想通り、作業が終了せず、
4日間延長となりました。(涙)

現地Office所属のフランス人ITエンジニアと、SIエンジニアとの協業なのですが、はっきり言って、
2人ともレベル低すぎて、結局、貴公子が一人で、構築しております。

やっている事は、技術的には、IPアドレスの完全変更を伴う、デザイン段階からのNetwork再構築。
Notes Dominoサーバ、Linux SuSE Sambaサーバ、Windows ADサーバ、プリンターサーバー、DHCPサーバーを含むゼロからの構築。
Wireless LAN環境でのNetwork Security設定と、クライアントPCのサポート、プリンターやスキャナーの設定が含まれます。
それどころか、LANケーブリングの張り直し、Patch Panelの整理から始めました。
フランス人のエンジニア2人には、悪いけど、完全に独力でやっています。

運動不足になっていますが、2日前から朝6時に起床して、ジョギングも始めました。(30分程度)
早朝から深夜まで、作業しているので、US CPAの勉強も止まってしまっておりますねえ。。

2010年8月9日月曜日

ルクセンブルクの田舎に行きました!(駄)

水曜の夜に、ルクセンブルクに到着し、木、金、土と仕事尽くめでしたが、
本日、日曜日は完休でした。

と言う訳で、少し電車に乗って、郊外に行きました。
行き先は、北に、快速電車で50分の、Clervauxと言うベルギーとの国境に近い街です。
特に、何か見たいものがあるのではないのですが、「EURO Trainに乗ってみたい!」と言う理由が主で、距離も適当なので、Clervauxを選択しました。
古城で有名な観光地です。

と言う訳で、ホテルを朝8時前に出発しました。
ルクセンブルク市内を寄り道しながら、ホテルから歩いて、駅到着は、9時30分でした。
これが本当に、Main Terminalなのかと思う位の、小さなLuxemberg駅でした。
驚いたのが、自動発券機がない事。
よって、おじさんが一人でやっている対面窓口で、チケットを買いました。
「たった、1.5Euroなんだから、自販機を入れなくては、非効率でしょう!」とは思いましたねえ。
あと、この国は、フランス語圏で、英語は基本的に通じません。
「英語らしきもの」をみんな話していますが、英語レベルは低く、理解不能!(Nativeではない、私が言うのはマズイのでしょうが。。。)
それと、この殺人的に物価の高い国で(タクシー代や外食代)、なぜか電車賃だけはとても安い!

兎に角、この電車に乗って、出発です。



Clervaux駅を降りて、Luxembergの方に、戻る様に、800M程、歩きます。
その途中の光景です。
(因みに、地球の歩き方の記述、「駅降りて、左」と言う記述は、間違いではないが、紛らわしいと思う。


古城に到着。



古城の裏手にある教会です。
この後、この教会の裏手にある、修道院にも行きました。



ルクセンブルクに戻ってきて、また観光。
ホッジ砲台内部は、圧巻だった。

あまりにもヨーロッパ的な家々。
永遠に続く、Desiney Landの様な町並み。









2010年8月7日土曜日

貴公子@ルクセンブルク ! 

予想通りと言えば、その通りですが、飛行機で22時間掛けて(乗り継ぎの待ち合わせを含む)、ルクセンブルクに来たのはいいですが、Network構築で死にそうです。
朝8時から、夜10時近くまで、OfficeでNetwork構築をしております。

まず、構築以前のNW現状整理が、大変ですなあ。
現地のITエンジニアがいるにはいるのですが、単に彼ら個人の問題なのか、国民性なのか知らないが、北東アジア(日本、韓国、中国)基準からすれば、明らかに、不合格の低レベルで、その意味では、彼らの仕事に、いちいち、文句を付けなければならないので、大変です。(笑)

兎に角、死ぬ程、多忙ですが、それでも、夜10時くらいまで、明るいので、多少の観光はできます。

→ 朝7時過ぎの出社の途中の様子です。ヨーロッパの田舎の感じがよく出ていると思います。

















夜8時過ぎの写真ですが、日中の様です。

















ルクセンブルクの旧市街、Centreと言う地区です。一番、栄えている地区の夜9時の様子です。
















Centre内の広場で、今後のEUと北東アジアの国際関係を思考する、貴公子です。(笑)

2010年8月5日木曜日

ルクセンブルグ(Luxembourg)に出張中です!


初の欧州です。
今回は、ベネルクス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の中でも、最小国のルクセンブルクに出張で来ております。
一応、1週間程の予定ですが、上海の時も、「とりあえず、2週間!」と言われて、結局、2年になったので、安心しておりません。(笑)
(貴公子は、東南アジア・北東アジア(中国、韓国)が専門ですので(笑)、欧州は初めてです。)

兎に角、初欧州なので、感激しております。
成田から、アムステルダムへのJAL直行便で、12時間以上、飛行機に乗りっぱなしでした。
(→ヨーロッパって、遠いんだなあ。。。)
アムステルダム空港での乗換では、アムステルダム空港の巨大さに圧倒されました。
また、8月になったばかりなのに、兎に角、寒いし、夜9時を超えても明るいのに驚いた!

下の写真は、アムステルダムから、ルクセンブルク行きの小型機に乗り換える際に、撮影したものです。時間は、現地時間で夜9時近くですが、明るいですねえ。。。



着いたばっかりだし、Network構築で来ているので、今日(こちらは、朝8時前です。)から週末に掛けて、Network構築の無間地獄に陥るのは目に見えております。
碌に、出歩く時間もないとは思いますが、それでも、この欧州で感じることを随時、アップしてゆきたいと思います。請う、ご期待!

兎に角、現在、感じるのは以下の点です。
- 英語は通じるが、基本的にフランス語圏である。
- ルクセンブルク市内の中心部のホテルにいるが、兎に角、静かである。(活気が感じられない。)
- とは言いつつも、この国のこの豊かさは何なんだ???

随時、アップしてゆきます。

2010年8月3日火曜日

情報産業と国家の闘い!

「Blackbery利用に対し、UAEやSaudiで規制が掛かる。」との記事です。

BBC →http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-10830485

(以下、引用)
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The United Arab Emirates is to block sending e-mails, accessing the internet, and delivering instant messages to other Blackberry handsets.Saudi Arabia is to prevent the use of the Blackberry-to-Blackberry instant messaging service.
Both nations are unhappy that they are unable to monitor such communications via the handsets.
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日本経済新聞 
→http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381959CE2E1E2E3E18DE2E1E2EAE0E2E3E2E2E2E2E2E2E2

IT Media News → http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1008/02/news022.html

中国本土からのGoogle撤退の時もそうであったが、どこの政府も、常に情報管理を試みております。
それは、我が国、日本も例外ではありません。
情報を政府が管理できなくなったら、それは国家とは言えないですからね。。。。

近年、ITの世界では、通信の暗号化を始め、各種Security Measureが適用され、情報の秘匿性が高まっておりますが、こうした情報を国家が管理しようとするのは、国家論的立場から言えば、必然であります。
その意味で、情報産業、ユーザー、国家が、ぎりぎりのせめぎ合いを始めようとしているのかも知れません。
本件、私の本業のIT分野(特にCloud Technology)に絡む事なので、今後もWatchしてゆきます。

2010年8月2日月曜日

週刊貴公子(7月第5週号) BPと鯨と、イラク戦争!


BP(British Petroleum)所有のメキシコ湾の海底油田掘削海上プラットフォームの爆破事故から、100日が経過しました。

英国の事実上の国営放送であるBBCでは、あまり掘り下げて報道する訳ではなく、淡々と事実を説明するだけですが、アメリカのMediaは、CNNを始め、当然ですが詳しい報道が続いております。
これは、CNNの特集ページです。
→ http://edition.cnn.com/SPECIALS/2010/gulf.coast.oil.spill/?hpt=htopic
また、同じページですが、4月20日の事故からの経過が、ドキュメンタリー風に纏められており、経緯を知るには、一目瞭然のいい資料だと思います。
→ http://www.time.com/time/interactive/0,31813,2006455,00.html?cnn=yes
発生から、84日目の7/12に、仮設蓋の設置に成功し、とりあえず、OILの流失は止まったとのことですので、一安心ですなあ。
そうは言いつつも、メキシコ湾沿いの観光や漁業産業への経済的インパクトを考えると、安心してはいられないどころか、これからが正念場です。
また、BPから地元に支払われている、Fundの分配方法も、複雑です。
→ http://money.cnn.com/2010/07/28/smallbusiness/oil_spill_destin_florida/index.htm
(以下、引用)
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For many businesses in this region of the Gulf, it isn't the oil that has hurt them the most, it's tourist anxiety. When vacationers are jittery they book trips elsewhere, even if there's no oil on the beach. And according to Feinberg, these types of claims will be some of the toughest to fulfill.
(中略)
But for now, they are concerned with how they'll get paid, and they're not too sure who's most to blame for keeping the tourists away."Do you blame BP for the oil spill or do you blame the media for putting out the word?" asked Marler at the Back Porch.
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経済的な被害を受けているメキシコ湾岸の被災者の方には、とても同情しますが、BPたる者が、Safety Measureを十分に採らずに、Deep Waterを操業していたと言うのが驚きです。
ついでに言えば(日本人の偏見でしょうし、アメリカ人から見れば言い掛かりとしか思えないでしょうが)、あれ程、「鯨や可哀相だ!」とか「マグロを守れ!」とかヒステリックに叫んでいるアメリカ人が、超基本的なエコ対策をおざなりにしていたのが、信じ難いですなあ。

鯨の問題に関しては、TIMEとかHerald Tribuneが管理する掲示板で、アメリカの知識人と散々、議論してきましたが、彼らは、ひたすら、「鯨は哺乳類で、可哀想!」としか言わない。
こんな時に言っちゃ悪いのは、十分承知しているが、「鯨が可哀想だ!」なんて分かり易い話に、アメリカ人自身が酔っている内に、OIL Platformの安全向上という遥かに、重要な事を疎かにしてしまったのではないか?
この文脈から言えば、「テロとの闘い」という分かり易いフレーズを引っ提げて、中東やアフガンで無理やり戦争に突入している内に、国際協調という最も重要な議論をおざなりにした、「Bush政権時代のアメリカがデジャブする。」と考えるのは、ヒネって考え過ぎであろうか???