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2015年10月31日土曜日

転機8 ~ 同業他社の派遣ITエンジニアで働く覚悟!

この転職シリーズ(40代半ばの管理職転職シリーズ)は、凄い人気があります。
今までのブログ読者以外からも、いくつかメールを頂くなどしており、反響の高さを感じます。
ある人のコメントで気になった点があるので、「中年転職の覚悟!」と言うテーマで、書きたいと思います。

まず、20代とか30代の転職と違い、転職先の会社の格は、あまり関心は無かったし、それを基準にしたつもりはありません。
貴公子が面接に行った会社も、従業員数が数万人の国際金融機関だったり、あるいは従業員数が数十名のベンチャーIT企業だったりしました。
問題なのは、そこの会社で貴公子が何をするのか?、どんな貢献ができるのか?が重要な訳で、新卒の就活の様に、「三菱とか三井みたいなブランド力の強い会社が良い!」と言う気持ちは、ほぼ無かったです。

兎に角、自分がその会社の先頭に立って、稼いで、自分も会社も成長するんだと言う意識で、転職先を探しました。

ただ、ここまでは理想論です。
現実は、そう甘くありません。
何てたって、中年の転職ですから。

貴公子の様に、国内の大手企業で、一応管理職をやっていた様な人は、同業他社の同職種の管理職をまずは狙うでしょうね。
実は、貴公子も、転職活動の最初期に、少しは考えました。
ただ、そんな甘い考えは、すぐに改めました。
同業種同職種に転職する事が、ラクと言えばラクなのですが、とびきり優秀であるならば兎も角、そんな事は、貴公子の様な一般人には、まず不可能です。
何てたって、中年の転職ですから。

数千万円の住宅ローンを抱え、子供もまだ小さい貴公子は、兎に角、働いて収入を得ることが最重要です。
(自分の家族でさえ、養えない人間が、利他の精神を語り、世界経済を語り、社会貢献を説くなんて、馬鹿げていると思っております。)

そんな訳で、現在の会社から、同業他社に管理職でスライド転職するなんてことは、「夢」として、心のどこかに留めておくとして、現実的な中年転職では、「同業他社の同職種に、派遣スタッフとっして、人材派遣会社から派遣される。」と言うのが、現実的な線ではないか?とまで思い詰めました。

数か月前の某転職エージェントZと貴公子の会話です。

Z  「先日、紹介した同業他社のJ社ですが、先方のコンプライアンス委員会が、貴公子さんを管理職として雇用するのは、問題があると言ってきました。ついては、誠に申し訳ないが、この話は無かったことに。。。。」

貴公子 「御尽力をありがとうございます。まあ、残念ですが、想定内の話です。それに、米国公認会計士としての職業倫理もあるので、同業他社の管理職へのスライドには、抵抗感もありました。これで、良かったと思ってます。」

Z 「そう言ってくれると、救われます。先方の人事担当者も無念との事でした。では、残念ですが、J社の事は忘れてください。」

貴公子 「ちょっと、待ってください。こちらも生活が懸かっているんだから、『ハイ、そうですか!』では引きませんよ。」

Z 「どうしたいのですか?」

貴公子 「J社にカウンターオファーをしてください。管理職としてのスライドがダメなら、ITエンジニアとして、再考してくれる様に言って欲しい。PMとか管理職ではなく、一介の現場エンジニアです。」

Z 「ですから、社員採用は、難しいとJ社は言っているのですよ。」

貴公子 「誰が社員と言いましたか? ITエンジニアとして、派遣会社に登録し、そこから派遣スタッフとして、J社で働きたいと言う話です。年収が大幅にダウン? 全然、OKとは言いませんが、それはそれで受け入れます。止むを得ない。」

Z 「貴公子さんが、それで良いと言うのなら、通りますが、本当にそれで良いんですか?」

貴公子 「私もプロです。派遣社員のまま、ずっとJ社で働きますとはお約束はできませんが、半年だか一年だかの契約期間は、プロとして、職務を全うします。」

Z 「貴公子さん、少し安易ではないか?派遣社員として、J社に行けば、J社の年下の正社員の指示に従わなくてはならないのですよ。それで良いのですか?」

貴公子 「史記の漢楚伝説での劉邦と同じですね。劉邦が必要に応じ、項羽に対し、ペコペコした様に、貴公子も派遣社員でJ社に入れば、J社の新入社員にペコペコします。立場に応じて、言動を変える位の分別はあるつもりです。」

Z 「なるほど、理屈は通ってますね。でも、貴公子さんがそこまでおっしゃるなら、私もプロとして助言します。今、無職だとかそういう状態なら、そんなアレンジを私も喜んでやります。しかし、今の貴公子さんは、そうではない。貴公子さん自身が、今の会社に嫌気を差していると言うことは理解しましたが、貴公子さんは、焦り過ぎだ。それに、私もプロとして、貴公子さんのキャリアアップを支援したい。だから、今はそんなアレンジを私はやりません。」

そんな事がありました。
兎に角、貴公子は、転職活動当初から、甘ちょろく考えてはおりませんでした。
徹頭徹尾、厳しく考える様にしました。
この転職エージェントZさんとは、その後、疎遠となりましたが、Zさんには今でも深謝しております。

汗と涙のミドルの転職活動シリーズ連載は、まだまだ続きます。
次回は、とうとう転職活動の最終結果を書きます。


2015年10月30日金曜日

IT展示会で想う! ~ 日本は出遅れている。

毎年、この時期に幕張メッセで開催されているIT技術の展示会に、会社をさぼって、行ってきました。
これです。→ Cloud Computing Expo in 幕張メッセ

今年の展示会は、面白くないですね。
凄い新技術が発表される様な事もなく、驚きがありません。

今年の展示は、2000年代後半のサーバ仮想化技術、2~3年前のネットワーク仮想化技術を応用と言うか、忠実に適用しただけのもので、両技術が安定運用されていると言う実感は持ちましたが、「おお~。凄い!」みたいな斬新な技術の紹介は無かったですね。

いくつかのクラウドベンダーの技術者と話し込みましたが、「当社は、北海道と大阪にもデータセンター(DC)があり、Disaster Recovery(DR)を含めて、ばっちりです。」みたいな事を、どこも言っていたが、まあ10年以上、古いですね。
DCの場所が複数あり、冗長化が図られているなんて言うバカ話を、ユーザー企業にすること自体が、クラウドベンダー側の責任転嫁ですね。

Googleは、世界のどこに自社DCがあるかを開示もしないしどころか、世界中に何か所あるのかでさえも、明示しません。
つまり、Googleは、「クラウド運用は、Googleが責任を持って、完璧にやっている。ユーザー企業は、そんな事は気にせずに、アプリを安心して使うだけで良い!」と言うメッセージをユーザーに投げ掛けております。
プロですよねえ。。。。

NTTは、「ウチの大阪のDCは、大容量かつ高性能UPSを設置しており、~」と長々と説明を初めて、UPSの写真まで展示していたが、DCが大阪にあろうが、シベリアにあろうが、そんな事はユーザー企業にとってどうでも良いし、ましてやUPSのスペックがどうだこうだなんて、ユーザー企業にとっては無関係です。

ユーザー企業は、ただクラウドを使いたいだけなのであって、それは隣町に行きたいから、都営バスに乗りたいのと一緒です。
そうであるのに、バス運転手が、「当社の『クハ501型』バスは300馬力の70人乗りで、ブレーキオイルは、ドイツボッシュ社の高機能オイル、α300Σを使ってます。」とか説明しているみたいなもんです。
「がたがた言わずに、さっさと隣町に連れて行ってくれ!笑」と言う感じです。

日本のクラウドベンダーの冗長な説明は、懇切丁寧な説明を通り越して、プロとしての責任回避に見えます。
プロなら、Googleの様に、「一切の情報を開示しない。ただ使ってくれれば良い。」となる筈です。

10年以上遅れてますね。
それとも、永遠に埋まらない感覚なのか?
「洗いざらい話すことは、愛情ではないですよ。」と、我が国のクラウドベンダーに説明したい。笑

2015年10月24日土曜日

転機7 ~転職を会社の上司に通知した。

今週は、転職に関して、会社の同僚とか上司に通知をしました。
そんな中で、やはり日本人は、良くも悪くも、世界標準とズレていると感じましたねえ。

まず上司ですが、ある種の引き留めなのかもしれませんが、皆、日本人的に情に訴えてきます。
例えば、「10年以上、この会社で頑張ってきたのにもったいないよ! もう少し頑張ろうよ。」とか、
あるいは別の上司は、「お前の能力では、その年で他社では無理だ。」とか、更に別の上司は、「君には期待している。だから、辞めるな!」と言ってきました。

軟硬を混ぜ合わせての搦め手での慰留を光栄には思います。
さすがに、「ああ、そうですか。ご苦労様でした。では、辞表にサインして!」では寂しいですから。笑

ただ、こういう慰留に出くわすと、いつも思います。
口先だけでは意味がない!と。。。

まず、「辞職してもらいたくない。」と思うなら、具体的なオファーを出すのが筋だと思います。
それは、例えば、「今まで、冷遇して悪かった。今すぐ部長職にする。」とか、あるいは、「今すぐ、給与を10%アップする。」とかの身のある話であるべきです。

「情に訴える」と言う行為自体が、金八先生ではあるまいし、ビジネスパースンとして稚拙過ぎると思う。
逆に言えば、情に訴えると言う事は、「具体的なベネフィット」をオファーするまでの意思はないとの会社側の「意思表明」であるとも言えるかも知れませんが。

貴公子は、転職回数は多いですが、転職に関しては、一般的にポジティブに考えております。
この流れが速いビジネス界では、企業もそこで働く人も、どんどん変化してゆきます。
よって、未来永劫の企業と従業員の関係など、本来は、あり得ないと考えております。

3年では短いが、5年くらいで、会社も従業員も、お互いに良い所を出し合って、次のステージに移るべきだと思う。(例えば、事業立ち上げ時点では、ガッツのあるAさんを高給で採用すれば良いが、5年経って、その事業が軌道に乗ったら、今度はエリート経営者タイプのBさんを高給で採用し、その事業の運営を任せるべきだと考えます。)
つまり、一期一会と言う事だと思います。

企業も変わっていかないとダメだが、従業員もどんどんと進化して、次のステージを貪欲に目指すべきだと思う。
それは、一流のアスリートを目指す若者が、その成長段階により、コーチを変えてゆくのと一緒であると思っております。(幼少期を教えるのが上手いコーチが、青年期を教える事はできないのと同じだと思っております。)

またサラリーマン一般に言えることだが、会社と言うのは、所属すれば、従業員は基本的に不利です。
サラリーマンは一般的に、上司からの査定を受けるし、その査定に対して、異議申し立てはできずに、実質的に受け入れるしか手段はありません。
仮に、自分より能力の劣る上司が、低い査定を自分に下したとしても、何もできないのが現状です。
では、「本当にされるがままで、指一本動かせずに、上司に気に入られる様に、振る舞う以外に手は無いのか?」と言えば、そうではないと思う。

その手段こそが、転職。
「転職」と言う行為自体が、圧倒的な力を持った会社に対して、従業員が唯一できる実質的な意思表示であると思っております。
(「そんなのは逃げだ。上司とか会社と徹底的に議論すべきだ!」と言う綺麗ごとを言う人は多いが、現実問題として、部下には上司とか会社に異議申し立てをする権限はないですね。)

平たく言えば、どんな理不尽な査定や評価でも、会社は従業員に対して、一方的に下す事が出来る訳であり、そうしたバカな査定や評価を、従業員は受け入れる以外に、何もできません。
だから、もしそうした評価が不満ならば、従業員側で出来る事は、最大限までスキルを高めるなど、現在の環境を利用しまくった後で、転職するしかない訳です。

と前置きが長くなりましたが、会社と従業員には、本来、上記の様な緊張関係が必要であると思います。
言い換えれば、恋人同士と同じで、常に相手を魅了し続けないといけない訳です。
片方が別れを切り出した時に、「でも、俺は本当は愛している。」とか口で言ったって、そんなのは無意味な戯言でしかありません。

どうしても別れたく無ければ、ダイヤを買うとかで、身銭切って、情熱を見せるしかない。
あるいは、カネが出せないなら、その代わりに最大限の誠意を何かしらの形で見せるしかない訳で、「でも、俺は本当は愛している。」だけでは、ふざけ過ぎていると思います。
この辺は、貴公子はドライに考えております。

2015年10月22日木曜日

転機6 ~ 人材派遣会社を査定する!

今回の転職活動では、複数の転職エージェントに登録をすることから始めました。
そんな転職エージェントについて書こうと思います。

ネットで検索すれば、いくらでも出てきますが、Majorなところとしては、
インテリジェンス、リクルート、JACとかだと思います。
準大手としては、Career Carver、ビズリーチ、日経キャリアあたりでしょうか。

この辺りに登録して、基本、後は待ちです。
インテリジェントやリクルートからは、一日に何件も自動メールで求人情報が来ますが、基本的にあまり見る気になりません。(機械マッチングによる自動メールなので。)
また、Career Carverは、せっかく登録しても碌に情報がこないので、ダメ。
また、ビズリーチは、求職者からカネを取ろうとする魂胆が気に食わない。
日経キャリアは良いのでしょうが、登録に手間が掛かり過ぎるので、最後まで登録しませんでした。

個人的に好きだったのは、JACです。
生身の人間が、きちんと選別の上、個別にメールを送付してくるので、ぬくもりがありました。
ただ、折角、いい企業を紹介してくれても、書類を通す執着力みたいのがあまり感じずに、「書類さえごり押しで通してくれれば、何とかしたのに。」と思う企業が数社ありました。

その意味で、リクルートの提携エージェントとして、貴公子にコンタクトしてきたバイリンガル系の外資系エージェントは凄かった。
ほぼ100%の勢いで、書類を通したし、無料でResumeをReviewしてもらったりもしてくれて、本当に感謝しておりました。

ただ、面白かったのは、そうした提携エージェントの淡白さ。
外資とか国産のそうした提携エージェントとは、7〜8社くらい接触したが、「どこにでも、何時でも行きますから、会ってください!」とか凄い勢いでアプローチしてきて、実際に深夜11時に、貴公子の自宅近くで会ったこともあったが、一社くらいの企業を紹介してきて、そうした会社から書類審査ではねられたりすると、その後は梨のつぶてで、一切のコンタクトがなくなるみたいな事が、沢山ありました。

あるバイリンガル系のエージェントは、貴公子の英文Resumeの全面改訂をする位、頑張ってくれたが、そこが紹介してきた企業を、面接進行中にこちらから断ったのが、気に食わなかったのでしょう。
その後、一切の連絡を断ってきました。

そんな感じで、正に一期一会の感がありましたねえ。。。
結局、そうした提携エージェントから紹介を受けた会社に転職が決まったのですが、その国産弱小エージェントはガツガツしていない所が良かったですね。
そのエージェントから最初期に紹介された企業を、熟慮の上に最終選考前に貴公子側から断ったりもしたのですが、そんな時でもそのエージェントは、怒り狂う事もなく、淡々とこちらの理由を聞いておりました。
そんなおっとりした感じが好きでした。

多くの転職エージェントのスタッフと会い、多くの助言をもらったり、励まされたり、あるいはダメ出しを食らったりしましたが、最後の最後まで、接触が切れなかったのは、その国産弱小エージェントとJACだけですね。
(この両者の担当者とは、近々、ランチをすることになっております。)
ただ、お会いしたすべてのエージェントに今は感謝の気持ちで一杯です。
中年ビジネスマンに求めれるスペックは勿論、管理職候補求職者として、どう振舞うべきであるか等も含めて、本当に色々と学ぶことが出来ました。

国際ビジネスマンを目指して、次のステップがどうなるかは、まだ霧の中ですが、以前、このサイトでも紹介した真のHead Huntingエージェントである縄文アソシエイツ等では、Head Huntingしたい人物を自ら探し当て、転職を説得し、別の会社の役員レベルに高給で転職をさせるとの事であり、
そうしたレベルに達したいとは漠然と考えております。

禅寺で考える!

兎に角、最近は考える事が多過ぎて、完全にオーバーフローしております。
そんな中で、港区愛宕にあるお寺で、無料の禅体験があるとの事だったので、本日、行ってきました。
お寺のサイトはこちら。→ 青松寺サイト

初心者と言う事で、初心者講習が40分。
禅体験自体で40分。
その後のお茶を飲みながらのお坊さんの講話が1時間弱。

すべて無料でした。
まず驚いたのは、港区愛宕と言う都心のど真ん中に、あの巨大な寺が存在している事ですね。

また、初心者講習の際に、禅の意味について説明を受けたが、正直、難しくて良く理解できませんでした。
ただ、貴公子なりの理解は下記でした。

1. 人間ひとりひとりには、その人の基盤となる泉の様なモノがあり、そこから嫉妬や虚栄と言った様々な感情が湧き出している。
そうした個々の感情に流されたら、基盤を見失う事にもなり、人生に失敗する。
かと言って、嫉妬や虚栄から目を背けるのも間違いである。
そうした感情を遠目に見る、つまり意図的に距離を置いて、傍観する姿勢を持つことで、基盤となる泉も見えてくる。
それこそが、座禅の極みである。

2.自分が理解できない事に対して、人間は拒絶反応を示し、時には怒りを感じるが、自分が理解できない事と、それが正しいとか間違っていると言うのは別物である。
よって、理解できないと言う事実を謙虚に受け止めた上で、正しいとか間違っているを判断する姿勢が求められる。
禅を通して、そうした客観視する姿勢も身に着ける事ができる。

全然、間違っているかもしれませんが、今日現在、貴公子が理解したことは上記です。
貴公子的には、完全に同意しております。



2015年10月20日火曜日

ITと音楽があれば、幸せ!

火曜日未明です。

月曜夜は帰宅自体は早かったのですが、会社の仕事を今の今までやっておりました。
仕事と言っても、エクセル関数を駆使した表作成ですが。
まあ面白かったですね。
5時間位、ぶっ続けでやり、今、完成しました。

久しぶりに使うエクセル関数ですが、深いですねえ。。。。
貴公子は、ネットワークエンジニアとか、インフラ技術者とか言われる分野の専門家ですが、こうしたエクセルを駆使した作業も大好きです。
と言うか、ITと名が付くものなら、何でも大好きです! 
→ IT愛 

やっぱり、ITは天職ですね。
週末は、Elementary OSをXPマシンにインストールして完全再生して、Linuxコマンドも久しぶりに使ったが、まあ基本を忘れていなかったのは、安心しました。
今、趣味ですが、AWS(Amazon Web Service)上で、My SQLサーバを立てております。
こっちも頑張ります。

では、今夜の音楽です。
1980年の雅夢の「愛はかげろう」。

1985年のLOOKの「シャイニン・オン君が哀しい」です。


共に、名曲ですね。

2015年10月18日日曜日

デザリング機能も取り込み、古いXPマシンを復活!

2008年に購入したXPマシンですが、捨てるのは惜しいので、何とか再生しようとここ1年位、色々とやっておりました。
このマシンのスペックは、下記です。

  • CPU :  Intel Atom N280(1.66GHz)
  • メモリ : 1GB
  • HDD: 160GB
  • Etherportあり。
  • 無線LANなし。
  • DVD Playerなし。

2008年当時は、ミニPCと言うのが流行り、正にそれでした。
確か当時4万円くらいで、このXPマシンを買いました。

再生方法としては、軽量LINUX OSをインストールする事で、昔から一貫しているのですが、一番困ったのは、無線LAN設定です。
確かに、Etherケーブル接続をすれば、ネットには使えるのですが、LAPTOP PCに対して、一々、WifiルーターからLANケーブルを這わせると言うのが、あまりにも時代遅れであり、また面倒くさいと言うのが、このマシンを使わなかった理由です。

まあPCショップで売っているWindows OS用のWireless LAN子機(USB)を購入して、それをマシンのUSBポートの差し込んで、マシン側でドライバレベルのConfigを施して、Wireless LAN子機を動かそうとしたのですが、それは出来ませんでした。
(ドライバレベルでのConfigは、非常にマニアックな世界であり、貴公子には技術的に無理。笑。)

そんな中で、デザリングと言う機能がスマホで使えることに、今更ながら気が付きました。
このデザリング機能を使えば、LANケーブルを這わせなくても、ネット接続が可能となる筈です。

結論を先に述べると、この方法で、このマシンはWireless LANが可能となり、めでたく復活しました。(この記事は、そのマシンから書いております。)
古いXPマシンをどうするかで、悩んでいる人は多いと思いますので、自分の備忘録も兼ねて以下に、再生方法を記載します。

まず、軽量LINUX、Elementary OSのインストールです。
この辺のサイトが参考になると思います。
http://netbuffalo.doorblog.jp/archives/5007385.html
ただ貴公子は、DVDを焼くのが面倒なので、別マシンで外付けUSBにダウンロードして、その外付けUSBをこのマシンのUSBポートに差し、USBブートすることで、本マシンにElementary OSをインストールしました。
たったこれだけでも、LANケーブルを使えば、ネットへのアクセスは可能になりますので、皆さんも是非、試してください。
(因みに、上記のサイトには、日本語入力を可能とする設定方法も詳細されているので、そこも行えば、ますます使いやすくなります。)

さて、デザリングの説明です。
ざっくりとした説明 → テザリングとは

貴公子のスマホは、Softbankのandroidなので、まずSoftbankにデザリングサービスをオプションで申し込み(無料)、更にデザリングアプリをスマホにインストールするところから始めます。
このソフトバンクのサイトに詳細が記載されております。
テザリング設定(SoftBank スマートフォン)
(因みに、スマホとマシンを接続するケーブルが必要だったので、それはPCショップで1000円で購入しました。)

ここまではスイスイだったのですが、ここまでやっても、デザリング機能が使えない事が判明し、ここで半日、手が止まりました。
結局、マシン側にも、デザリングドライバが必要だと言うのに気がつくのに、凄い時間が掛かりました。(言われてみれば、当たり前だが。)

このサイトからダウンロードできます。
Ubuntu tethering driver for android
(ただ、LINUXコマンドに慣れていないと、ちょっと、辛いかも。。。。)

まあ、こんな感じです。
何だかんだで、終日、潰れましたねえ。
でも、やはり貴公子はPCが好きなんですよえ。
結局。。。。

2015年10月14日水曜日

007歴代主題歌を語りながら、更ける晩秋の夜!

ここ数年間、縁を感じながら生きております。
起きたことや出会った事のすべてに意味があると言う気がしているし、出会った人がすべて、貴公子を結果として、良い方向に導いた様な錯覚に襲われております。
慎まなければなりませんねえ。

こういう夜は、やはり音楽を聴きながら、ワイン片手に過ごしたいですね。
高層階から東京の夜景を眺めながら、ここ半年で起きたことの意味を反芻しております。
勿論、音楽を聴きながらです。

今夜は、007シリーズの主題歌で纏めます。
感想や意見をフィードバックしてくれると嬉しいです。。。。

まず、1989公開の007映画の主題歌です。
007シリーズは、基本的にすべて好きだが、この1989年公開のLicense to Killは、シリーズの中でもかなりいい出来だと思っております。
(さすがに、Casino Royalには敵わないが。。。)

貴公子的には、大学受験の浪人時代に見たと言う意味で、思い出の作品でもあります。


因みに、下記は2006年公開の007史上の最高傑作と言われるCasino Royalのオープニングです。シンプルな映像ですね。
このCasino Royalで007デビューしたDaniel Carigは、この作品で、歴代ボンドの中で最高俳優との評価を得ました。
この曲を聴いていると、”戦士としての貴公子”が蘇ってきます。
大好きな曲です。


下は007最新作で2013年公開のSky Fallのオープニングです。
これも良い曲です。

ただ、曲だけで選ぶならば、貴公子の一押しは、1977年の"the spy who loves me"の主題歌である、"Nobody does it better" です。





2015年10月13日火曜日

転機5、~罪将貴公子の懺悔!

思えば、今の会社に入社したのは、10年以上前になります。
フィリピンで4年もウロウロしていた後、一身上の都合で帰国する必要に迫られたのは、貴公子が34歳の時でした。

当時は、「果たして日本企業に復帰できるのか?」と非常に不安でしたが、かなり専門性の高い大企業(IT企業ではないが)から内定が取れて、感謝感激したことを昨日の様に覚えております。
厳しい面接を3回と、数学と国語のPC試験をパスして、苦労して入社致しました。

当時、引退間近のE人事部長から、「君には、会社の社風を変える原動力となって欲しい。正直、君の採用には賛否があったが、俺が押し切った。」との言葉がありました。
とても嬉しかったし、その言葉を意気に感じたのも事実です。

思えば、「社風を変える為」に、自分なりに考え抜き、そして実行した10年余でした。
場違いだとか、浮いているとか、バカなんじゃないかとかも言われたが、「仕事外の課外活動」と称して、部門横断的な呑み会を、一年半以上も休むことなく毎週企画したり、社内討論会を開催したりしました。
IT企業でもない会社で、「自分がどうすれば、会社に貢献できるのか?」を悪い頭で必死に考え、自分なりに努力を致しました。
勿論、仕事のITでも、少しでもユーザーが快適にITを使え、本業に専念できる様に、黒子に徹し、自分なりには、不眠不休で努力を続けたつもりです。

ただ、自分の不徳や能力の無さにより、会社に十分に報恩する事が出来なかったし、ましてや「会社を変える」ことは出来ませんでした。
本当に心残りです。

貴公子の今の心境は、下記の通りです。
架空の手紙を書きます。

===========================
E元人事部長、

既に引退されてから、長い年月が経っておりますが、如何お過ごしでしょうか?
秋も深まり冬の気配も感じる時期になりました。
この晩秋に、罪将貴公子は、お許しを得ないといけません。

10数年前に、E元人事部長から、「会社を変えてくれ!」との過分な期待を頂き、あの御言葉を励みに、貴公子なりに努力を続けてきました。
走り切った自負はありますが、結果として御期待に沿えずに、御奉仕半ばで、会社を去る御無礼をお許し下さい。
言い訳となりますが、補佐したいと思える人物を社内で見出すことが出来ず、また自分自身がトップに立つ度量も能力もなく、もはや会社に貢献できずとの判断に至りました。
誠に痛惜の念を頂きながらも、貴公子自身も新環境にて仕切り直しを致します。

御期待に沿えなかったのは、すべて貴公子の能力の低さと人徳の無さに起因致します。
知識や経験ばかりを積まさせていただきながら、利益創出と言う意味で貢献出来なかった自分の不甲斐なさに失望さえもしております。

今後の社業の発展を陰ながら、応援させて頂く事で御容赦を頂きたいと切に願います。

罪将 貴公子




2015年10月12日月曜日

転機4 ~40代半ばの転職事情。

今回は、40代半ばでの転職事情に関して書きたいと思います。

まず、総論として、思った以上にキツかったです。
予想以上の厳しさであり、途中で何度か転職活動を止めようかと本気で考えた程でした。

転職活動開始時の貴公子のスペックは下記です。
  • IT技術者とかPMとして、20年近い経験がある。
  • 専門は、ITネットワークだが、DBやアプリケーションにも、それなりの知見がある。
  • 海外経験が長い。(比国4年、上海2年、その他、出張ベースなら世界中。)
  • 英語力は悪くない。(TOEIC970&英検1級)
  • 財務会計の素養がある。(USCPA)
知見とか経験は、悪くないと思っております。
よって、転職活動開始時は、勿論、「簡単だ!」とは思いませんでしたが、1ヶ月とか2ヶ月で何とか決まるでしょう位には考えておりました。
ここが、まず大きな誤算でしたね。

半年位、何だかんだで活動しておりましたが(ただ、その内の2ヶ月位は、休眠状態だったので、実質4ヶ月)、やはり30代の転職と全く違います。
貴公子が、30代半ばで今の会社に入社した時は、関連業務に関する知見と英語力みたいなスキルだけで採用が決まりました。

しかしながら、あれから10年経った40台半ばの転職では、「知見があるのも、知的好奇心が高いのも分かった。だから、どれだけ稼げるのか教えてくれ!」と言った感じであり、要は、実績が圧倒的に求められます。
ここは、転職活動前から、頭では理解しておりましたが、実際に、何回かの面接を通して、色々なFeedbackを受ける内に、腹の底から理解しました。
つまり、貴公子は甘かったと言う事です。

ただ、貴公子的には、こういう「いくら稼げるんだ?」みたいなことを、面接でダイレクトに聞いてくる会社は、志望対象外でもありました。
このグローバルなビジネス界では、ビジネスは関係するステークホルダーと協力しながら進めるべきと貴公子は信じており、「お前はいくら稼げるんだ?」みたいな「個人プレー重視の会社」と、貴公子では仕事に対する思想が合いません。
ただ、そういう会社かどうかは、面接に行かないと分からない面もあるので、必然的に無駄足も多くなりました。

結局、40代の中間管理職採用では、その人が持つ思想性とか人間力が、知識や経験以上に重視される訳です。
また、会社の求める候補者像にぴったりと合わないとダメな訳で、新卒みたいなポテンシャルで採用されることはないとは感じました。
その意味で、40代の転職では、巡り合わせみたいな運の要素もあり、長期化するとは思います。

結局、半年で面接に行った会社(エージェントは除く)は、10社。
ただ、10社の内、「折角だから、どんな会社か覗いて見よう!」程度の感じで面接に行ったのが、6社を占めておりました。
これらの会社では、一次面接途中で、こちらから辞退したり、先方から、「本当は、興味ないでしょう?」みたいな指摘を受けて、Declineされたりしました。

残り4社の内、2社は、選考途中で熟慮を重ね、貴公子側から最終面接前に辞退。
本当に興味があったのは、残り2社のIT企業ですね。
この2社では、技術的な能力や英語力とかよりも、思想的な事、つまり仕事に関する考え方だとかが、徹底して聞かれました。
おそらく、これが40代の中間管理職採用の実態なのでしょうね。

面接中に、気づかされた事は、「面接官が聞いてくる質問に対して、的確な回答を簡潔にすることの難しさ。」でした。
簡単な様で、とても難しかったです。
ビジネスマンとしてのキャリアが深まるにつれて、簡単に答えられなくなると言う面もあると思います。誤解の無い様に丁寧に回答しようという意識が強過ぎて、逆に冗長になってしまい、面接官から、「ポイントを絞った回答ができていない。」みたいな駄目出しを受けたこともあります。
ただ、面接では、候補者は自分を売り込むと言う面もある訳であり、「ITのどこが好きですか?」と言われて、「技術進化が速い面。以上!」と、ぶっきらぼうに答える訳にもいかないので、兼ね合いが難しいとは思いますが。。。。

また、面接の時に、参考にしたのは、縄文アソシエイツと言うExecutive Searchの会社のサイトです。
有名企業の上級役員以上を対象とする高級な転職エージェントであり、貴公子がこのエージェントを使っていた訳では勿論ないのですが、下記のページでコンサルタントが述べている言葉は、どれも深く、40代の中間管理職採用でも十分に参考になると思いました。
→ http://www.jomon.co.jp/consultant/

>一流の人財は、心技体、すべてにおいて充実されており、成長への欲求はとどまることを知りません。
>自らをリセットできるのが、一流の人材の証左である。
>何が起こっても対応し得る、胆力のある真のリーダーシップをもった「人」を求む。
>次世代のロールモデルとなりながら、後進の成長のために自身を捧げられる「人」を求む。

とのコンサルタントの言葉には、唸らされました。
今回の転職が最後になるのか、次は起業するのか、あるいは縄文アソシエイツの様なExecutive Searchの会社からある日、アプローチされるのかは勿論、分かりません。
ただ、「一流人材」を目指し、心技体を磨いてゆきたいと思っております。

長くなりましたので、この辺で。
次回は、貴公子が利用した転職エージェントに関して、書きたいと思います。

2015年10月11日日曜日

(駄) 高校生の頃の夢を想起した!

 前の記事が少し深刻過ぎたので、口直しの為に、軽い記事を書きます。

金曜日の夜に、旧知の原発技術者と豊洲で飲み会があり、ビジネスMeetingみたいな熱い呑み会をして来ました。(原発技術とか発電技術って、面白いです。)


呑み会が終わった後は、酔い覚ましを兼ねて、独りで一時間を掛けて、歩いて帰宅したのですが、
その途中に立ち寄った、深夜(23時ごろ)の豊洲ららぽーとです。
トイレによる為にモール中に入ると、COACHのショップがあり、大きな広告が誰もいないショッピングモールを照らしておりました。

貴公子は、高校時代はモデルを目指していたこともあり(←これは本当)、一般の人よりは、美学にはうるさいかも知れませんが(笑)、このCOACHのモデルはクールです。

育ちの良さそうな雰囲気でありながら、何かを貪欲に求める様なハングリーな目をし、一方でその大きな瞳には、哀愁が漂っております。

流石に、最高級ブランドですね。よく探しました。
ブランドイメージに完璧にマッチしております。
COACH程になれば、応募者数千人以上でしょう。その中から、選び抜かれた精鋭中の精鋭ですね。

因みに、高校時代の貴公子は、モデルにはあこがれ、それを目指しましたが、俳優には魅力を感じませんでした。
一般的には、モデルをやりながら俳優とかも多いので、同一視されがちですが、動作の中で魅せる俳優と、一枚の写真ですべてを語るモデルは、決定的に違うと思っております。

このCOACHのモデルは、己の人生感をこの写真一枚に表現する事に成功しております。
まあ、貴公子は今更、プロのモデルにはなれないが、モデルの様に、「その瞬間の表情で、己の半生を語る様な詩人」になりたいとは思っております。

転機3! ~転職活動に関して。

ここ半年位、ずっと考えていた事です。
本記事ですべてを明記します。
この半年間、熟考に熟考を重ねながら、転職活動を現在の会社での激務の傍らに行っておりました。(勿論、半年間ずっと同じテンションで活動していた訳ではなく、濃淡がありましたが。)

本来ならばUSCPA試験関係の記事の様に、「ライブ」で記載するのが、貴公子ブログの特性であり、今回の転職活動についても、当初はそうするつもりでした。
しかし、「万が一でも、会社の同僚が貴公子ブログを読んでいるかも知れない。そうであるならば、それが会社内で変な風に広まると、何人かの同僚に対し礼を欠くことになる。」と考え、本ブログには、はっきりと明記はしませんでした。

ただ今、結論が出ました。(確定結果です。)
従って、この半年間の転職活動にて、感じた事や最終的な結果を、これから1週間位の間に何回かに分けて記事にアップしてゆこうと思います。

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まず、なぜ転職するのか? あるいは、なぜ今の会社ではダメなのか? について書きたいと思います。
ここの部分は、転職活動中の半年間も、常に考え続けておりました。
なにせ10年以上勤めている会社です。
また、30代半ばで、4年間の比国フリーターからの帰国直後で、どうしていいか分からず、途方に暮れていた貴公子を、それなりの待遇で迎えてくれた会社でもあります。

その意味で、愛着もあるし、恩義も感じております。
「少しでも恩返ししたい!」と考え、この10年以上、貴公子なりに死にもの狂いで働いておりました。

確かに、ここ数年、業績はあまり良くなく、給料も多少とも全社的にダウンしているが、貴公子的には、「業績のアップダウンは、民間企業の常であるし、それに伴い給料が上がったり下がったりするのは当然」と考えているので、そこは全然、問題視しておりません。
また、大恩ある会社が苦しい際に、自分だけ『逃げる』事にも抵抗はありました。

勿論、現在の会社の待遇に、100%満足している訳ではないが、世間一般平均以上の高給を貰っていることも事実だし、基本的に各自の意見を尊重する会社であるのも事実な訳で、その意味で、「この会社で不満なら、どこに行っても不満なんじゃない?」と言う、自分に対してブレーキを掛ける様な思考も常に働いておりました。

そんな自己否定の繰り返しの中で、転職活動を進めるのは、苦痛でもありました。
何社かの転職エージェントからは、辛辣な批判を受けたし、現在の会社の仕事が忙しい中、何とか面接に行った10社位の会社の内の数社からも、凄いダメ出しを受けました。笑。
結局、この半年間で会った、転職エージェントや企業の面接官は、50から60名に及びます。
(その内の何人かとは、酒を呑みながら、ざっくばらんに話したりもしておりました。)

そんな試行錯誤を繰り返しながらの40台半ばの中年男の転職活動でしたが、活動している内に、もやもやしていた転職の動機も段々と明確になってきました。

最初の頃は、IT関係の職種なら、基本、業界を問わず(給与とか企業規模は考慮したが)に、申し込んでいたが、時間が経てば経つ程に、「自分が何をやりたいのか?」、「なぜ転職が必要なのか?」、「自分の強みは何か?」が明確化してきたし、結果として、業界も職種も絞れて来ました。
(やはり、転職エージェントの様なプロと数多く話すことは重要だなあとも感じました。)

と言う訳で、先程の自問に対する回答を公開します。

Q1) 「自分が何をやりたいのか?」
ITに直接、関わっていたい。
必ずしもIT技術者である必要はなく、例えば、USCPAのライセンスを生かして、IT監査とかでも良いが、兎に角、「全くITと無関係」と言うのはダメ。

Q2) 「なぜ転職が必要なのか?」
現在の会社には大恩があり、後ろ髪を惹かれるが、現在の会社は、IT企業ではないと言う点が大きい。(コアビジネスは別にある。)
それに、近年のIT技術革新に於いて、一般企業のIT部門の役割はある意味の終焉を迎えつつあり(つまり、技術エンジニアは不要となってきている。)、IT技術を追うのであれば、IT企業に転職する必要がある。
正直に告白すれば、現在の会社への愛着もあり、コアビジネス部門に社内移動して、そこで頑張ろうと思う気持ちは以前は強くあったし、最近、実際にそうなったが、やはり、自分はIT技術者であり、国際ITビジネスマンであり、今更、ITと無関係な事はしたくないと思うに至った。(出来ないとは思わないが。)

Q3) 「自分の強みは何か?」
やはり、IT技術の知識や経験に加え、語学力や海外経験を持って、海外にて事業を展開する事。
その意味で、IT企業の海外部門での新規ビジネス立ち上げとか、海外拠点開設等の事業開発に力を発揮できると思う。
20年近くのITエンジニアの経験があるし、一般に4つに大別されるIT技術分野(Networkケーブリング技術、Securityを含むインフラ構築技術、Data Base関連技術、プログラミングを含むアプリケーション開発技術)に加え、貴公子は電源管理と言った面も含め、IT技術全般に対しての知見があるのが強みと考える。

Q4) 「その大恩ある現在の会社に転職の意思をどう伝えるのか?」
ここもずっと考えておりましたが、以下を率直伝える予定です。

  • 「自分は、ITエンジニアであり、ITを天職と考えている。」
  • 「IT技術の変化により、事業会社のIT部門の位置付けが代わり、事業会社では貴公子の考えるITの仕事はできない。よって、IT企業に移る。」
  • 「希望を聞いてコアビジネス部門に移籍させてくれた事は深謝するが、やはり自分のフィールドではない。40台半ばで会社の御荷物になりたくない。」
  • 「事情はどうあれ、10年間に渡る恩義を利益貢献で報いる事ができずに、本当に申し訳なく思っている。すべては貴公子の能力の無さに起因するものであり、会社に一切の非はない。」
上記の様に考えております。

数日以内に、別記事にて、40台半ばでの転職の実態、数ある転職サイトで、どこのサイトが良かったか等を含めて、もっと転職技術的な詳細をアップしたいと思います。

2015年10月6日火曜日

読書を通じて、著者と会話する!

最近、すっかり心酔しているMother House創業者の山口絵里子氏です。
貴公子よりも一回り年下ですが、素晴らしいですね。

慶応総合政策学部出身と言う事なので、貴公子とは学部は違いますが、まあ大学の後輩ですね。
あの大学の経済学部とか法学部とかの三田系の学部出身者には、あまり面白みのある人が居ない様な気がしますが、環境情報とか総合政策と言った藤沢系には、山口氏の様な突出した人が多いですね。。。。
俺も藤沢に行くべきだった。。。




と言う訳で、山口氏の「裸でも生きる」の1と2の両方を購入し、深夜、読んでおります。
まあ、文章はちょっと稚拙な気がしますが、実体験に基づいた迫力のある文章であり、どっかの学者が机上の空論で書く、退屈なバカ話とは、一線を画します。
夢中で、読んでおります。
ソフトバンクの孫正義氏と同レベルの衝撃を受けております!

「かわいそうだから、バングラデッシュ産のバックを買ってもらう」のではなく、品質で、フランスやイタリア製の超高級バックを凌駕したいと言うその意気込みが凄い。。。。
正に絶句レベルの思想であるし、そして実際に成功しているのだから凄い。
貴公子のフィリピンでの体験とデジャブするところもあり、うなずきながら読んでおります。
Mother Houseに販売員見習いで転職したくなりました。笑!

兎に角、凄い人です。
貴公子は、彼女から多大な元気を貰っております。
この微妙な時期に山口氏の著書に出会えたことに運命を感じます。

2015年10月3日土曜日

転機! その2

昨日アップした記事もそうなのですが、ちょっと微妙な意味を含んでいる記事です。
完璧に状況が落ち着くまで、はっきりと書けないのを申し訳なく思います。
(まあ、ここ半年位の記事を読んで頂ければ、察する事はできると思いますが。)

兎に角、半年間、悩みに悩んでいる自分のキャリアです。
外部の人からの意見もかなり聞いたし、評価も受けました。
結果として、下記の事が半年かけて判明しました。

1. 最先端IT技術をばりばり使いこなす、トップレベルの技術者(ギーグ)では勿論ない。

2. 幅広くIT技術を理解しているのは貴公子の強みであるが、純粋技術を追うエンジニアとして、大企業のCTO(Chief Technology Officer)をキャリアゴールとして狙うのではなく、IT周辺部分(業務知識とかマネジメント)に対する造詣も深め、CIO(Chief Information Officer)を目指すのが向いている。

3.   そして一番大事な事だが、貴公子はIT技術が好きであるし、勿論、プロとしてもそれなりなレベルに達しているし、そういう外部評価を受けている。

4. またどんな天才でも無理なんだろうが、貴公子もアラフォーを超えて、全く新しい事を一から学ぶと言うのは無理。(知識経験がある程度ある分野に於いても、新しいトピックを学ぶのは難しいのに、全くのゼロから情熱だけで、頑張るのはもう無理ですね。)

そんな事を、ここ半年間、考えております。
まあ、ここ半年位、かなり歯切れが悪く書いておりましたが、今日は、勇気を出して(笑)、踏み込んで書いちゃいました。
何を言いたいのかは、ほぼ明瞭に察する事ができると思っております。
(現在の会社同僚が、貴公子ブログを読んでいると思えないし、仮に読んでいたとしても、貴公子と私のIdentityを結び付ける事は不可能だと思うので、神経質過ぎるかも知れません。ただ、もし本当に「行動を起こす」のならば、それなりに微妙な話なので、この「不明瞭さ」を受け入れて下さいね。笑)

そんな事を考えております。
兎に角、アラフォーを超えると、社内人間関係、家庭状況などで、行動が制約されるのに加え、自分の過去経験のトラウマ等もあり、軽々には動けなくなりますね。
兎に角、早くはっきりさせて、本ブログで公表したいですね!


  

転機!

Lesile Cheungの富年情を聴きながら、更けていく金曜の夜です。


男の哀愁が漂う歌です。
1986年に日本でも大ヒットした、香港やくざ映画「男たちの挽歌」の主題歌にもなりましたねえ。

貴公子は、自身のキャリアに関して、ここ半年位、かなり悩んでおりました。
国際ITビジネスマンを目指して、15年前に単身フィリピンに乗り込んで、それなりに近づいたと思っていたが、科学技術の進歩と共に、IT技術自体が4~5年前に、大きく変貌しました。

時系列的に言うとこんな感じだと思います。

1990年代 : アキバオタクに毛が生えた様なPC好きがITエンジニアとして、企業LANを構築するなど、ITの黎明期を支えた。

2000年代 : ITの業務への適用必要性がビジネス的に不可欠になると共に、Securityとかの概念も出てきて、ビジネスとか事業としてITを捉える風潮が高まった。結果として、IT技術者は単なるPC好きから、理論をしっかり押さえたエンジニアへと進化する事が求められた。
そうしたITバブルの風潮の中で、大量のITエンジニアが生まれ、レベル的に玉石混合の状況となった。

2010年代 : サーバ仮想化技術が一般化し、2010年代半ばに至り、Networkの仮想化概念が出現するに当たり、IT技術は、事業会社の手を離れ、Data Center(DC)運営者やクラウド業者側の手に委ねられつつある。
言い換えれば、一般企業内のIT部門は不要になりつつあり、それと同時に技術力の劣るITエンジニアは生き残れなくなってきている。ハイレベルのIT技術者は、DCとかクラウド側に回り、一般企業のIT部門スタッフは、技術者ではなく、管理業務スタッフとなりつつある。

上記の様な変化を肌で感じております。
アメリカでは、弁護士業務のかなり部分をITが代わりにやる様になり、特別に優秀な弁護士以外は、基本的にPCマシンが自動作成する書類のReviewerと化していると言うが、IT技術者でも本物以外は生き残れなくなってきております。

国際IT技術者を目指していた、貴公子は、その意味で、この半年、少々、戸惑っておりました。
自分は、技術者として生き残れるのか、それとも、大好きなITから離れざるを得ないのか?

その答えが出たのが、本日です。
そんな思いを抱きながら、富年情を聞いております。
もったいぶる訳ではないですが、深夜なので、続きは後日書きます!