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2015年11月29日日曜日

マラソン大会(ハーフですが)、初参加の感想!


格闘技の試合(空手・キックボクシング)には、20代から30代に掛けて、
それなりに出場したのですが、 マラソン大会には初参加です。
(と言っても、ハーフマラソンですが。。。。)
当初はどうせ出場するなら、フルマラソンだと思っていたのですが、日程が合わないのと、ハーフで2時間半を切った実績がないと、出場できないフルマラソンもあり、泣く泣くハーフで手を打ちました。笑。

まあ、趣味で週末5キロから10キロ位は走っているし、元格闘家だから、ハーフなんて余裕でしょうと高を括っておりましたが、これが大きな失敗でしたね。。。

時系列的に説明します。

1週間位前に、地元のスポーツ用品店で、初心者セットなるものを購入しました。
週末ジョギングする時は、Tシャツなのですが、「汗をかいても直ぐに乾く」と言う新素材のランニングウェアを3500円で購入しました。
また、走っている最中、暇だろうと思って、スマホを腕に付けるサポーターみたいのを2千円で購入しましました。

また、前日の夜は、さすがに酒を控え、夜11時過ぎには就寝をするなど、多少、気を使いました。


そして、当日です。
出場したのは、江東区シーサイドマラソンと言う大会です。
出発点と終着点は、江東区の夢の島なので、自宅から自転車で会場にGO!

ルールとしては、5キロ毎の制限時間は35分であり、それをクリアできないと、その時点で失格となります。
21キロ強のコースで、最終の制限時間は、2時間半です。
まあ、「2時間半で21キロなんて、超余裕でしょう!」と言うのが、出走前の感覚でした。

「競技者受付」を通り過ぎ、アップ中の同年代の人に、写真をお願いしました。
下は、スタート前に、余裕の表情を浮かべる貴公子です。

そうこうしている内に、9:15分のスタート時間になり、少し緊張の中、スタートしました。
まず、参加者が多すぎますね。
スタート地点は、大渋滞で、走れませんので、最初の1キロ位は、歩いておりました。笑

それでも、3キロを過ぎた辺りから、少しバラけて来て、スピードに乗って走り始めました。
しかしながら、最初の3キロが遅すぎたので、5キロのチェックポイントを35分で通過できるかどうかを真剣に心配しましたが、32分で通過できて一安心です。
5キロからは、スピードに乗ってバンバン走り、「これなら超余裕!」と安心して、妻にスマホから電話をし、話しながら、走っていました。
こんな感じで、10キロ通過は、62分。(制限時間、マイナス8分です。)

10キロを過ぎた辺から、景色が単調になったが、走り自体は全然余裕で、スイスイでした。
とは言え、13キロを過ぎた辺りから、走る事に飽きてきて、それが苦痛でしたねえ。。。。
(週末のジョギングでは、せいぜい10キロ程度しか走らないので。)

13キロから15キロ位が非常に長く感じました。(2倍くらいに感じました。)
15キロ通過が93分。(制限時間、マイナス12分)

ただ楽なのは、ここまででした。
ここからが、地獄でしたねえ。。。

15キロ過ぎに、ちょっとした登り坂があったのですが、そこを登ってから急に苦しくなりました。
16キロとか17キロと言った表示がやたら遠く感じて、周りの人に抜かれ始めました。
歩き始めている人も出始めたので、そういう人はさすがに抜くのですが、ざっと「10人に追い抜かれて、1人を追い抜く。」位のペースになりました。

18キロ地点を超えた後は、カーブが連続し、これが足に来ましたね。。。
18キロ過ぎからは、歩いている人と同じスピードで走っている自分に気付き、唖然!
「もう少しだ!」と思いながら、死にそうになりながら走っていたのですが、いつまで経っても19キロの表示が現れず、制限時間が心配になりましたが、突然20キロの関門が見えて、ここは125分で通過。((制限時間、マイナス15分)

この時点で苦しいながらも完走を確信。
だって、後1キロですから。(それを25分で走れば良い訳で。)

しかし、この最後の1キロが超曲者でした。
本当に歩くスピードで走っており、多分、凄い表情で走っていたのでしょう。
(残り500メートル位で、大会の係員から、「大丈夫ですか?」と声を掛けられた位ですから。)

それでも残り1キロは気力を振り絞って、何とかゴールしました。
最後の1キロには、15分掛かったので、本当に歩くスピードでした。笑。
タイムは、2時間20分弱でした。(制限時間、マイナス10分。)

こうして、マラソン初挑戦は終わりました。
何とか、完走できたので、当初の目標は達成し、大きな達成感を感じております。

ただ、当初、「ハーフなんて余裕!」と思っていた自分に説教をしたい気分です。笑。
また挑戦をしたいと思いますが、とりあえずフルマラソンは封印し、ハーフの再挑戦とするつもりです。
何事も簡単に考えてはいけないと言う事ですね。

2015年11月28日土曜日

007最新作、Spectreの感想。

007ファンとしては、待ちきれない最新作のSpectreですが、早速、先行上映を見に行ってきました。


本作のざっとした説明は、日経トレンディーの下記サイトにも出ております。

上記のサイトでは、絶賛している感がありますが、貴公子的には、少し期待外れでした。
6代目ボンドのDaniel Craigの4作目ですが、Danielのデビュー作のCasino Royaleから、回を追って物語が深刻性を帯びてきております。
3作目の前作Sky Fallで映画全体がかなり暗い雰囲気になっておりましたが、今回のSpecterでは、それに拍車が掛かっております。

古くからの007ファンとしては、007映画の舞台は、カリブ海とか地中海と言った太陽が燦々と降り注ぐエリアでないと違和感があります。
また、かつての007は、戦闘シーンも少し現実離れしたファンタジー感があり、尚且つ、3代目ボンドのRoger Mooreがそうであった様に、プレーボーイタイプで、ちょっとお茶目なボンド像が古くからのファンには刷り込まれております。

3代目のRoger Moore 



そうした古い007映画のイメージを、良くも悪くも、Daniel Craigのボンドは、覆しております。
トラウマを抱え、深刻な男ボンドを、Danielは演じきっているし、Spectreでは、舞台も真夜中のイタリアローマだったり、美しさの欠片もない寂れた砂漠であったり、冬の夜かつ陰鬱な霧のロンドンだったりします。
しかも、戦闘シーンは基本的に夜です。

貴公子は、基本的に深刻な映画が好きだし(Roger Mooreの007は陽気過ぎて、あまり好きではなかった。)、その意味で、Daniel Craigの007デビュー作のCasino Royaleでは、戦闘シーンは昼と夜が半々くらいの感じで、バランスも良かったと思う。
また、Casino Royaleでは、戦闘場所も華やかな観光地であったりして、陽気過ぎすかつ陰鬱過ぎずと言う意味で、バランスが良かったと思う。

3作目のSky Fallからは、オープニングの曲から非常に陰鬱だし、Spectreの最後の場面では、ボンドとボンドガールが、霧のロンドンの街(観光地とかではなく普通の街並み)を、車で静かに走り去る場面で終わるのであるが、こうした終わり方も、陽気な終わり方に慣れている古くからの007ファンには、ちょっと違和感を感じます。

ついでに言えば、秘密兵器技術者のMr.Q役もかつてのお茶目なオジサンではなく、前作から内気な感じの若者に代わっております。
要は、007シリーズの雰囲気は、Danielのボンドになってから大きく変わっておりますね。

兎に角、全体的に陰鬱な感じであり、かつての陽気感はありませんね。
勿論、それはそれで悪くはないのですが。。。。。
次作では、ボンド役が変わるとの噂もあるので、次作以降の展開を期待を持って待ちたいと思います。

2015年11月27日金曜日

哀愁を捨て、前に進む!

今週水曜日が、今月末まで勤務する会社の最終出社日でした。

社内で親しくしていた十数名には、2週間位前に知らせておいたのですが、最終出社日には、それ以外の同僚にも、一斉メールで通知しました。
何人かは貴公子の席まで来てくれたし、貴公子自身も、お世話になった人の席を巡り、最後の挨拶をしました。

メールアドレスを聞いてきた人とは、個人メールアドレスの交換を型通りにしましたが、多くの人とは、もうお会いする事はないでしょうね。
(極少数の人とは、今後もお付き合いを継続する予定ですが。)

最終出社日は、事務的な手続きと挨拶回りだけで、時間はあり余っておりましたので、社員食堂とか喫茶ルームとかの馴染みのエリアを、ノスタルジアを持って巡っておりました。
丸10年以上、お世話になった会社ですので、真っ暗になった18時過ぎに、入館証を警備室に返却して一人で退館する際は、後ろ髪を引かれる思いでした。
また翌日の木曜日には、まだ会社の人からメール等も来たので、それを返信して過ごしておりました。

そんな事もあって、ノスタルジアは木曜日がMaxでしたが、本日、金曜日の朝にはそれも振り切りました。
哀愁を振り切るには、貴公子なりの「儀式」みたいのがあって、それを本日金曜日の朝に実行し、完全に今の会社を心から消し去りました。

「郷愁を捨てて、前に進んで行こう!」と言った高揚感を今は感じております。
新しい環境では、新しい人間関係とエキサイトメントが待っている筈です。

貴公子、第2章のスタートです。

今週末ですが、江東区シーサイドマラソンと言うハーフマラソンに出場します。
マラソン大会には、初参加です。
貴公子に会いたい人は、沿道まで応援に来てくださいね。笑。
ゼッケン番号は、15XYです。



2015年11月23日月曜日

転機12 ~ 最終章。USCPAブロガーとしての責任!

本シリーズ(40台半ばの転職活動)の最終章とします。

以前の記事でも、散々書いたのですが、兎に角、予想以上にキツかったと言うのが正直な所です。
数年前に、同じ会社でお世話になった先輩が40台半ばで、退職して起業しました。
40台と言うのは、自分で起業するか、どこかから迎えられて転職するかのどちらかですね。
つまり、熱意とポテンシャルだけでは、転職できないと思っております。

また、40過ぎともなると、妻子を抱え、住宅ローンを抱えているのが普通であるので(貴公子もそうです。)、「やりたい事よりも、現状維持を求める。」と言う方向になりがちです。
お世話になった転職エージェントからは、「40台の転職では、やっと内定が出ても、最後の最後で、現職に留まると言う判断をする人が多い。」との話を聞かされました。

正直、貴公子も転職する事に対する怖さを感じたことはありました。
おとなしく今の会社に勤務している限りは、コアビジネスのエンジニアではないから、「出世ができない。」とか「子会社へ出向になる。」とかリスクはあるにせよ、当面は、平穏無事である事も事実なので、「転職活動を辞めた方が良いのでは?」と何度も思いました。

一方で、転職する事のメリットとしては以下を感じておりました。

1. 好きなITのキャリアを追求できる。
2. IT業界では、転職は基本的にプラスに捉えられている。
   (転職回数が多い方が腕が良いとの評価を基本的に受ける。)
3. 事業会社IT部門から、最先端ITの専門企業への転職は、間違いなくITエンジニアとしての
   キャリアアップになる。
4. 英語力とか財務会計の知識も、転職先の方が生かせる。

これだけのメリットがあるのは、頭では分かっているのですが、それでも「怖さ」が拭い去れませんでした。
その意味で、本当に本当に、迷い抜きました。
あっさりと転職が数週間で決まらなかったので、その分、悩みも深まりました。

しかし、そんな葛藤の中で、背中を押したのは、「貴公子は、USCPAなんだ!」と言うプライドでした。
つまり、USCPAと言う21世紀型ビジネスマンとして、それなりに強力な資格を持っている貴公子が、40台半ばとは言え、転職に腰が引けてしまったら、「40台で転職できる人は、一握りの超エリートだけになってしまうのではないか?」と考えました。
貴公子の様なごく普通のサラリーマンでも、強い意志を持って、相応の期間を掛ければ、希望の転職が出来るんだと言う事を、ブログを読んでいる若者にも証明したかったと言うのが確実にあります。

面接で辛辣なフィードバックを受けたとしても、その度に、「俺はUSCPAなんだ。希望の転職を実現するのは大変だけど、怖がってはいけない。」と自分に言い聞かせました。

その意味で、正直に告白すれば、少なくとも貴公子の場合は、現職での数々のPM経験や海外経験、あるいは30歳前半の比国フリーター4年経験よりも、USCPAとしてのプライドの方が、転職活動に於いては、圧倒的に心の支えになりました。

ここまで赤裸々にブログで発信するのは、ためらいもあるのですが、未だ人気のあるUSCPA絡みの記事を読んでいるUSCPA受験生の勉強への動機づけになればと思い、思い切って書いてしまいました。

貴公子は、転職先で、国際ITビジネスマンとしての本当の勝負が始まります。
転職先は、日系最先端IT企業として、ITプロの間ではかなり有名な会社です。
(一般向けのサービスをしていないので、一般の人には知名度はありませんが。)

まだ漠然とした目標ですが、ITの最新知識は常にアップデートしつつ、国際ビジネスをもっと勉強する必要があります。
それはMBAなのか、あるいは欧米系の大学での国際法務系コース受講なのかは、まだ決めかねておりますが、その辺の事はやらないといけないでしょうね。

貴公子第2章、スタートです!

2015年11月22日日曜日

【ITの仕事】 技術進化は、基礎理論を覆す!

先日、ビックカメラ有楽町店で、PCを眺めていたのであるが、いくつか驚いた点があります。

まず、少なくとも5年前までは、PC売り場は、ああいう量販店では必ず1Fにあったが、今や1Fエリアは、どの量販店でもスマホ売り場となっており、Laptop PCとかDesktop PC売り場は、上層階です。(ビックカメラ有楽町店では5F)
それだけ、PCを購入する人が減ったのでしょうね。
ましてや、自作PC用の部品(マザーボードとかCPU等)をばら売りしているエリアは、その場所自体が消滅しており、10年前にあれだけ流行った自作PCは、絶滅した感があります。
(10年前位までは、貴公子はよくPCを自作しておりました。)
まあ、5年くらい前から、PCを自作すると、むしろ完成品を買うより、高くて性能が悪くなる様になったので、余程のマニアでもない限り、自作するメリットは無くなったのですが。。。

で、ビックカメラ有楽町店のLaptop PC売り場ですが、今やHDD(Hard Disk Drive)を積んだ従来型のPCに並び、SSD(フラッシュ)を搭載したPCが、普通に置いております。
企業用のストレージ等では、SSD構成品が1年くらい前から、出回る様になってきて(価格はまだ高いが)、技術の進化を感じていたが、今や個人用のPCでさえ、SSD化している訳です。

ストレージやサーバが、フラッシュ化すると、Databaseサーバ構築運用の際に、もっとも神経を使うチューニングに対して、殆ど気を使う必要がなくなります。
従来型のHDD搭載のストレージやサーバは、データ処理時にどうしても機械的な動作が必要となるので、DBの様なパフォーマンス(端的に言えば、処理スピード)を要求するシステムでは、非常に綿密かつ詳細なプランニングが必要とされたし、そこを上手くチューニングできるエンジニアが、超一流と言われておりました。

しかしながら、SSD化の流れなの中で、上述の様な機械的な動作は完全消滅したので、チューニングさえも不要となりつつあります。
よって、従来、あれ程の職人技を必要としたチューニング技術を理解する事がエンジニアにとって不要となりつつあります。
この事は、熟練したトラック運転の技能がある日、突然、自動運転に取って変わられて、トラック運転手でさえも不要となったと言う事と同じ事だと思っております。
Databaseエンジンニアにとっては、大きな意識変革が必要なのでしょう。

兎に角、IT技術に技術に限らず、科学技術は日進月歩です。
技術動向から目を離せませんね。。。。

その意味で、なぜか誰も指摘しない事ですが、貴公子が一つ近未来を予想したい。
海外に日本のスマホを持って行き、街中で使用しようとすると、Wi-fiが利用できないところでは、現地の通信会社の無線通信を使うしかない訳だが、設定が面倒くさいし、何よりも料金が殺人的な高さになり、実質的に使えません。
(海外を飛び回るビジネスマンは、行く国毎にスマホやSIMカードを購入しております。)
そんな不合理な事は、21世紀ではあり得ないでしょうね。。。。

技術的には、衛星通信を使えば一発で解決できる訳です。
(例えば、ソフトバンクが10個くらい通信衛星を打ち上げれば、おそらく全世界をカバーできる。)
そうすれば、仮に北極点に行こうが、何の設定変更も無しに、ソフトバンクのスマホがそのまま使える筈です。
なぜ、誰も思いつかないのでしょうか。。。。
不思議です。。。。



2015年11月19日木曜日

平日の若洲海浜公園で釣りをする。

現在の会社は、今月末付で退職なので、有給消化モードに入っております。

 

本日は、レインボーブリッジ麓の若洲海浜公園で海を眺めながら、釣りをしておりました。
多分、土日は混んでいるのでしょうが、平日ですから御覧の様にガラガラです。



朝イチで釣り具ショップで餌と道具を購入し、早速、10時過ぎからスタートです。
まあ、釣りは十数年ぶりですが、釣り自体と言うか、海をボッーと眺めたくなりました。
何も考えずに、4時間位、防波堤に座っておりました。



途中、腹をすかせたであろう猫が何度もやってきて、魚を無心するのですが、釣果ゼロなので、如何ともしがたく。。。。
ごめん。。ごめん。。

そんな感じの平和な休暇でした。

月末まで、あと数日は出社しますが、出社すると夜は大抵、送別会と称した呑み会になるので、最近、少し飲み過ぎです。。。。
そんな中、心を落ち着けて、海を眺めて、リフレッシュできました。

初めて行った若洲海浜公園ですが、実はかなり広いみたいなので、今週末は子供を連れて、散歩に行きたいと思います。

2015年11月17日火曜日

転機11 ~ 40台半ばの転職活動最終版!

すっかり遅くなりましたが、半年に及んだ転職活動の最終結果を記載します。
以前に記載した事と一部、重複するところもあると思いますが、状況を列記してゆきます。

1.  転職エージェントと企業の面接官を含めて、会った合計数は、50~60名程度です。

2.  書類選考を出した会社は、合計で40社程度。
IT職種なら、業種を問わないと言う姿勢で当初は臨んだが、業界知識が全くない製薬会社とかでは、役員面接ではねられると言う事に、しばらくして気が付き、その後は、IT業界と金融業界に絞って活動をした。

3.  リクルートとかインテリジェンスみたいな大手経由でエントリーした会社は、書類選考で8割方、はねられた。
ある転職エージェントは、「どこの会社も大量の応募が入るので、年齢と転職回数で、企業人事部の下っ端の段階で、貴公子さんの場合は、機械的にはねられてしまう。その下っ端のReviewをいかにクリアするかが、エージェントの腕の見せ所だ。」と言っていた。率直な意見を聞き、妙に納得した。

4. 書類通過率が高かったのは、大手エージェントと提携している中小の転職エージェントを経由してエントリーした会社。大手に登録してから、2ヶ月位経つと、こうした中小エージェントから、沢山、面接依頼が来た。

5. 何社かのこうした中小エージェントとコンタクトしたが、六本木とかに事務所を構えるバイリンガル系のエージェントは、どこも凄かった。
凄い勢いで英語面接をして、80%の高率で書類を通過させておりました。
ただ、紹介案件自体がこうしたエージェントには少ないと言う問題点はありましたが。。。

6. 面接に行った企業は10社だが、「折角だから、話を聞いてみよう!」と言う感じで、あまり期待感もなく面接に臨んだ会社が多数を占めておりました。
ただ、製薬会社には、なぜか受けが良く、10社中3社が製薬会社でした。

7. 日系の大手では、商社と証券会社で面接が進みました。
商社は2次面接通過後、貴公子から辞退。証券会社は2次面接で敗退。

8.  ベンチャーではシリコンバレー系のIT企業にて、最終面接(3次面接)まで進みましたが、これも貴公子から辞退。

9.     中規模企業2社の企業面接官から、「話が回りくどくて、会話がかみ合わない。」とのコメントがFeedbackされたが、貴公子的には、丁寧に説明しようとしていただけで、ちょっと心外だった。
ただ以後、なるべく簡潔に話す様に務めたのも事実で、よい勉強になった。

10. 貴公子の志望が高かったのは、US系の超大手IT企業と、日系の最先端IT企業。USの方は、技術試験(紙ベース)通過後、2次面接で敗退。日系の方は、5次面接後に内定獲得!
(この日系企業に行くことにしました。)
兎に角、40台半ばの転職では、4次面接位がデフォルトになります。大変です。

11.   辛かったのは、外資大手金融機関で4次面接で落とされた事。Passしても、行くか行かないかは微妙な状態だったが、少なくともPassはできると思っていたので、ショックだった。

12. ある準大手日系食品メーカーのIT Manager職は期待しており、ResumeはPassしそうであったが、最終的に「コンサルとかSI出身者を採用する事に決めたので、今回はダメ」と言われた。ITエンジニアの世界では、改めてIT専門会社出身者が優先されると悟った。

13.   面接全般を通して、相手の質問を真正面から受け止めて、相手の目を見ながら、順序立てて簡潔に説明する事の大切さを改めて学んだ。

14. 年齢とかで機械的に書類をはねらる会社は兎も角、履歴書の中身にきちんと目を通す会社であれば、USCPAライセンスは、やはり興味を惹いた様です。
10社のすべての面接で、真っ先に、「なぜIT技術者なのに、取得したの?」と聞かれました。
貴公子は、「会計システム更新のPMをしていた時に、財務会計の基礎知識がないとシステム全体を理解できない事を悟ったから、勉強した。」と回答しておりましたが、この回答は貴公子の知的好奇心とかビジネス観を表現するのに有効であったと思う。

15. 最終的に行くことになった日系最先端IT企業は、一般の人にはあまり知名度はないですが、ITのプロの間では、超有名です。
面接では、来年発足の東南アジア経済共同体の事やIT業界の近未来に関して、語り合いました。
面接自体が知的であり、とても楽しかったと言う事も、この会社に決めた理由です。

と長々と書きました。
40台半ばの転職希望者の参考になれば、嬉しく思います。


2015年11月15日日曜日

国産飛行機(MRJ)の初飛行を称賛する社会風潮に違和感を感じる!

先週は、三菱リージョナルジェット(MRJ)の初飛行が無事に終わったとの事で、週末のテレビはその事を繰り返し放映しておりました。
勿論、テレビだけではなく、新聞も称賛の嵐です。
日本人的な、「苦労して頑張って、やっと成功した。」的な報道です。

例えば、これです。→ 記者が見たMRJ初飛行! 11.11ドキュメント

この記事では、最後は、「今回は、MRJ開発者に最大限の賛辞を贈りたいと思う。夢をありがとう、MRJ。」との言葉で終わっております。
こうした称賛の嵐が、貴公子にとっては、逆に不自然です。

我が国は、今から80年前に、ゼロ戦と言う当時の世界最高性能の戦闘機を量産しておりました。
戦後、占領軍により航空機の製造が禁止された時期もありましたが、それが解けた50年前には、YS11と言う国産機を量産しております。

更に、50年経って、21世紀になった今になって、「100人乗りの中型機の開発に成功した。」なんて、我が国にとっては、レベルが低過ぎやしないのか???
勿論、50年ぶりに国産化に成功させた苦労は察するに余りあるが、少なくとも報道陣が称賛する様な話ではない。

ジャーナリストならば、「やっと50年前のレベルに追い付いたと言う事ですか?50年間、何をしていたのですか?」位の斜めの姿勢が欲しい。
先の記事みたいに、「夢をありがとう。」って、女子中学生の作文みたいな記事では、逆に情けなくなります。
あまりにも歴史観が無さすぎます。

21世紀の現在、世界中に航空機メーカーはあるし、ブラジルとかインドの様な中進国でも普通に航空機を量産し、輸出しております。
一体、何が夢なのかが分かりません。

貴公子が周りのエンジニアに聞く限り、近年、エンジニア系学部で最優秀の人間は、宇宙産業を目指しているとの事です。
そんな21世紀に、航空機の国産に成功したで浮かれているのでは、駄目だと思う。

何でもかんでも、感動の物語にするマスコミに違和感を感じます。

マザーハウス東銀座店で、バングラデッシュのバックを購入!

本ブログでも何度か紹介したマザーハウス創業者の山口絵里子氏ですが、本日、貴公子とマザーハウスは、初めて接点ができました。
と言っても、顧客として、マザーハウスで買い物をしただけですが。。。

マザーハウス社の企業理念は、「途上国から世界に通用するブランドをつくる。」です。
そして、創業者の山口絵里子氏は貴公子よりも、一回り位年下ですが、今や日本と台湾、香港に直営ショップを計10数店展開し、バングラデシュ、ネパール、インドネシアに直営工場を展開する事業家です。
また、外国人記者クラブでの記者会見を開いた最年少日本人事業家でもあります。
一応、大学の後輩(慶応)でもあるので、興味を持って、眺めております。

山口氏の著書はこちらです。→ 

商品の詳細

貴公子的には、とてもエキサイトメントを感じた本でした。
ガムシャラに頑張ると言う、ビジネスマンの基本を思い出させてくれた書でもあります。

因みに、会社情報はこちらです。→ Mother House会社情報

と前置きが長くなりましたが、本日は結婚記念日なので妻と子供を連れて、銀座で買い物に行きました。
別に、Mother Houseに絞っていった訳ではなく、Chanel, Burberry, PRADAと言った欧米系ブランド店をチェックしたついでに、Mother House東銀座店にも寄りました。

妻には、Mother Houseについての事前知識は無かったので上記の欧米系ブランドと対等な目線でチェックした筈ですが、Mother Houseのバックの独特の色合いが気に入ったとの事で、バックと財布を購入しました。
こんな感じです。→


バックも財布も共にバングラデッシュ製ですが、価格は2つ合わせて、5万円台半ばと全然、安くはありません。
バングラデッシュの最高品質である同社のバックは、日本製のアッパーミドルクラスとされる、コムデギャルソンとかと同価格帯ですね。
(もっとも、PRADA辺りで2つを揃えると、20万円から30万円位は行くので、それよりは安いですが。)

兎に角、山口氏には頑張ってもらいたい。
途上国製品は、「安かろう。悪かろう。」というイメージがあるが、それを見事に打ち破っております。
まあ、凄い人です!

ところで、Mother Houseの買い物の帰りに、「折角、銀座に来たんだから、宝石でも覗いて行こうか?」と言う事になり、外観が良さげな、Harry Winstonと言うニューヨークに本店を持つ宝石店に行きました。

こんな外観です。→ 

敷居がとても高そうな外観ですが、置いてある宝石は、もっと敷居が高かったです。
「これいいね。ちょっと無理して買っちゃおうか!」位のシナリオを想定して入店したのですが、想定額よりも2桁高かったです。
こちらは、5分で撤退です。笑。

2015年11月12日木曜日

one shot, one kill

今宵も退職祝いとの事で、おごってもらいました。
たらふく呑んで、帰宅中です。
タイトルの件、帰宅後、シラフなら追記します。
講う、ご期待!
*******************

と言う訳で帰宅しました。

表題の"one shot, one kill"と言う言葉は、最近見た映画、「山猫は眠らない」で、主人公のとても渋いオヤジが何度も繰り返す言葉です。
このオヤジが渋い。
原題は、sniper、つまり狙撃手と言うタイトルであり、1993年のハリウッド映画ですが、主人公のTom Berengerと言う、50絡みの俳優は渋すぎます。

「山猫は眠らない」の画像検索結果

こんな感じの映画です。↑
今まで見た、こうしたアクション系の映画ではBestかもしれないと思う程、良いですね。
超クールです。

"one shot, one kill" は、字幕では、「一発必中」と訳されておりましたが、英語はもっと深いですね。
貴公子の転職記事も最終章をまだ上稿しておりませんが、正に、"one shot, one kill"の気概で臨み、そして、成功した訳です。
まあ、本当の狙撃手は、"One miss shot, you dead" の世界で生きている訳で、貴公子の転職活動如きと比較にはなりませんが。。。。

と言う訳で、今夜の名曲です。
1994年のMariah Careyの名曲、"All I Want for Christmas is You"です。


1985年のWham! のLast Christmasも一緒にどうぞ!








2015年11月11日水曜日

【ITの仕事】 vForum2015の2日目。VMwareラボで、7時間を過ごす!

書きたいこととか、書かなければならないこと(転職シリーズ最終章等)は沢山あるのですが、今日は、ちょっとした達成感を感じた良い日だったので、そっちを書きます。

昨日の記事でも書いた様に、本日も、会社をさぼって、vForum2015に行ってきました。
本日はランチセッション(タダで昼食が出るセッション)を除いて、ずっとVMareラボに籠って、端末相手にVMWareの最新技術の設定作業をしておりました。

因みに、ランチセッションには2日連続で出席したので、2日とも昼食代はタダでした。
たかが昼飯の弁当と侮るなかれ!
普通こういうランチセッションって、サンドイッチとお茶くらいなのですが、人形町の今半という老舗料理店の弁当で、これが旨い! → 人形町今半のサイト

そんな訳で、ランチ時間を除き、朝9時から夕方5時まで、ずっとVMWareラボに居ました。
貴公子が今回、やりたかったのは、Network仮想化のデモ環境での実装です。
Networkの仮想化実装デモでは、500ページ以上のドキュメントが用意されておりましたが、7時間掛けて250ページ以上読破しながら、設定をしておりました。

やっぱり、貴公子はITエンジニアです。
時間を忘れて、仮想環境の設定をしておりました。
本当に楽しかった!!!
VMWareラボでのデモ環境です。写真では見えませんが、一番乗りの貴公子はPC番号001でした。

仮想L2SWの実装、分散Routingを冗長化して実装、仮想Firewallを冗長化して実装しました。
本当は、監視サーバの設定とかもやりたかったのですが、さすがに疲れたので、500ページ中、250ページの所で止めました。
まあ、気になっていた部分を、大方、実装できたので、良い勉強になりました。

最後は、Challenge Labと言う実装テストセッションにも30分だけ参加しました。
ちゃんと全部やると、3時間くらい掛かるんですが、Introductionのセッションだけ30分程度やりました。(流石に、Intro部分は満点でしたけど。)
一応、下記の様にChallenge LABの参加バッチも貰ったので、満足しております。


たった2日間ですが、ネットワークの仮想化に関して、大いに理解を深める事が出来ました。
vForum2015、本当に良かったです。
来年は、2日間ともプレゼン部分はランチセッション以外はガン無視して、Labに籠ります!

2015年11月10日火曜日

【ITの仕事】 vForum2015に行ってきました。

会社の方は、引き継ぎもほぼ終了したので、完全に退職前の有給消化モードに入っております。

そう言う訳で、本日は朝8時過ぎから芝公園で開催中のVMWare社主催のvForum2015に行ってきました。
OracleのConferenceもそうなのですが、シリコンバレー系のIT企業のConferenceは派手ですね。
カクテル光線が飛び交う会場は、Conferenceと言うか、クラブみたいです。笑

オープニング前の状況です。

オープニングセッションで、VMWare社のCEOによるプレゼンがありました。
事業会社のIT投資のくだりで、「リスクを避ける事がリスクになる。リスクを取る事が、リスクを最小にする。」との発言があり、思わず唸らされました。


まあ、Conference自体の内容は、Networkの仮想化、ストレージの仮想化と言った辺りであり、2~3年前からある技術の説明です。
正直、「凄い!」と言うのはありませんでした。
各種ベンダーの説明も、まあAWS(Amazon Web Service)では、既に提供済のサービスであり、夕方まで、各種セッションを申し込んでいたのですが、退屈なので14時過ぎには、会場を後にしました。

とは言いつつも、VMWareラボと言うコーナーでは、各種VM技術に触れられるコーナーがあるので、明朝は一番乗りして10時間位、VMWareラボに籠っていようと思います。
各種セッションは、退屈なので無視!
真の専門家に、10時間位、好きなだけ質問できる環境なんて、あまり有りませんので。。。。

明日は気合入れます!
勿論、明日も会社は有給取得としますが。。。。

2015年11月9日月曜日

【USCPA】 Eさんの意識の高さに、大いに刺激を受けた!

久しぶりですが、USCPA絡みの記事です。
最近、合格者の方からメールを頂きました。

複数回のメールの遣り取りの中で、これからUSCPAを目指す方への良いモチベーションになるであろうと考えましたので、本ブログにて公開します。

Eさんは、貴公子の様なIT技術者とかの門外漢ではなく、財務のプロです。
また貴公子より年下だとは思いますが、既にキャリア的に貴公子よりも高いレベルにあると思いますし、ビジネスマンとして不可欠な熱い心もお持ちです。

その意味で、貴公子自身にとってもよい刺激になっております。
貴公子自身は5次面接を経て、やっと決めた転職先に移る直前ですが、このややもすると不安になる時期にEさんに出会えたことを、天運とさえも感じております。

では、早速、Eさんの最初のメールを公開します。
因みに、Eさんのざっとしたプロフィールは以下との事です。
 外資系事業会社のシニアマネージャー。
 米国にてMBAを取得。
 海外勤務経験あり。

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貴公子様

突然のメール失礼いたします。
貴公子様のブログを1年ほど前から拝読している、Eと申します。本メールは、メールという媒体の性質上、一方的ではありますが、ファンレターのようなものとして見ていただけたら、と考えております。

(中略)

貴公子様のブログの、歯に衣着せぬ物言いと闘争心とも取れる「熱さ」に惹かれ、1年ほど前から愛読しております。特に、USCPAの難易度の記事、グロービスの記事(ここだけでなく、レベルの低い研修業者たくさんありますよね。グロービスはましな方だと思います)、某私大の記事には大いに頷き、笑ってしまいました。

ちょうどその頃からUSCPAの受験を始め、「合格したら貴公子様にメールをする」をモチベーションにして学習し、最近、全科目合格することができました。感謝申し上げます。

異なる業界に身を置く立場ではりますが、ビジネスマンとして世に貢献したい(そしてできれば、「日本人やるじゃないか」という評価を築きたい)という志は同じだと思います。東京のどこかで貴公子様とすれ違っているかも、と考えながら日々頑張ろうと考えております。
貴公子様の新天地でのますますのご活躍、お祈りしております。

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「ビジネスマンとして世に貢献したい」と言う気持ちに、完全に同意です。

Eさんには、いくつか質問をさせて頂きました。
貴公子にとって、純粋に興味があったことですが、下記の回答はUSCPAを目指す方にも刺激になると感じるので、合わせて公開します。

回答に対して、貴公子自身も勿論、多くの感想がありますが、今回は、貴公子の個人的な思いは書かない事にします。
本ブログの読者が、それぞれ何かを感じて頂ければ、ブロガーとして嬉しく思います。
では、質問と回答を列記して、終わりにしたいと思います。

頑張れ、USCPA受験生!

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(貴公子質問1)
MBAを取得する為に米国に自費留学したと事ですが、MBAの何がそこまでEさんを魅了したのでしょうか?
例えば、「将来のCFOを目指し、武者修業として臨んだ。」とか、「起業を視野に入れていた。」とかの当時の思いを教えて頂きたく。

(Eさん回答1) 
・建前を言えば、長いキャリアの中で、日本国外(私の場合米国でした)でビジネスをジェネラルに学ぶことは、どこで働くにせよプラスになると考えていました。
・本音を言えば、憧れです。広いキャンパスで、勉強、社交、就職活動を仲間と睡眠不足になりながら必死でこなすって素敵だなあ、と。就職先はその時点では決めていませんでした。
・ただ、起業などは考えていなく、いわゆる外資でMBAを積極的に採用している企業を想定していました。その意味ではDream Bigではなく、TypicalかつPracticalでした。

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(貴公子質問2
MBAとUSCPAは、よく比較されるのですが、両方を修められたEさんとしてはどうですか?
目的が違うので、両者の性質の比較は兎も角、難易度と言う面ではどうでしょうか?
(以前、MBAを米国トップ校で取得した人が、「MBAに比べれば、USCPAは、遥かに簡単だった。」と言っていたのですが、その辺はどうなのでしょうか?)

 (Eさん回答2 
・よくされる指摘ですが、比較する性質のものではないと思います。
MBAAdmissionでは、ペーパーテスト(読解力と数学力を図るGMATと英語力をみるTOEFL)のスコアと本人のバックグラウンド(前職がいわゆる「よい会社」、国際経験、スポーツや会社外活動などでの卓越した実績)が決め手になります。CPAはペーパーテストのみで、英語力・ビジネスと財務会計の理解が求められます。前者はタイミングが20代中盤から30代前半に限定されますが、後者は限定されてません。
CPAが簡単という意見には同意しません。論点は基本的ですが、選択肢の絞り込みには高い英語力が必要と感じました。
・また、取得時間は異なると思います。MBA2年制の場合、準備2年と授業2年かかります。CPAは個人差がありますが早い場合1-2年での取得が可能だと思います。
・「遥かに簡単」のコメントはどのMBA取得者の主観が多々入ります。例えば、Stanfordは毎年3-4名しか日本人は入学していないため、遥かに難しいと言えると思います。

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(貴公子質問3
外資系企業財務部門でのUSCPAの立ち位置は、どんな感じでしょうか?
例えば、Manager以上は、持っていて当然なのでしょうか? あるいは、持っていると周囲からも一目置かれるのでしょうか?
(貴公子が、今、在籍している技術系・日系グローバル企業では、取得者も数名であり、あまり社内的に価値は認められておりません。よく簿記の資格と間違えられます。笑)

 (Eさん回答3 
・資格自体の認知度は高い(Finance部門では、取得も奨励されています)ですが、位置付けはキャリアの段階で異なります。
・ジュニアな場合はキャリアのAcceleratorになり得ます。シニアな場合は、一目置かれることはないです。ただ、Financeのトップ(会社によって異なるが、CFOとかFinance Director)のポジションの場合、仮にAccountingの実務経験がないor少ない場合、「この人はAccounting/Complianceの細かな点も、きちんとわかっている(目を配っている)」というシグナリングの価値はあると思います。(シグナリングだけでなく、当然中身の習熟も、実務と学習を通じて深めるべきですが)
・採用する側からすると、その方の業務内容とアラインしていた場合、Financeにコミットする気概がある、計画性がある、知的好奇心がある、というプラスの評価になります。

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(貴公子質問4
MBAとUSCPAを持った、財務会計のプロとして、今後のキャリア志向を教えて頂きたく。
例えば、貴公子は、「国際ITビジネスマン」を長い間目指してきましたが、今は、「IT知識をバックとした、国際ビジネスマン」を志向しております。
是非、Eさんのビジョンを教えてください。

 (Eさん回答4 
・一言で言えば、「いかなる環境でも、影響力を発揮するリーダー」でしょうか。
Financeチームの育成と強化(よいカルチャー作りも含めて)、ビジネスパートナーに対して価値のアジェンダ設定・提言・実行支援ができること
・その結果、日本以外の地域でも、「やってくれ」と言われたら、世界中どこでも、チームと事業に貢献することができること.

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2015年11月7日土曜日

旧知の中国人社長と呑む@お台場



今週後半に、お台場の感じの良いスペイン料理店で、旧知の中国人社長としんみりと呑みました。
お台場は、基本的に観光客向けの「高い、まずい」店が多いのですが、ここは地元の人たちが静かに、あるいはにぎやかにワインを飲むにはもってこいです。

この店です。 → スペイン料理、バル ボデカ ザ サリア
仲間とにぎやかにやりたいなら1Fが良いし、しんみり語りたいなら2Fですね。
と言う訳で、今回は2Fを使いました。
兎に角、この店は秀逸です。

ところで、この中国人社長は、貴公子が上海のプロジェクトで2006年~2007年に掛けて働いていた時に、貴公子が見つけた地場のIT企業の創業者ですが、仕事に対するビジョンが大きく、当時、いたく衝撃を受けました。
それ以降、お付き合いが続いております。

現在は、日本と中国を股に掛けて、かなり手広く業務をやっているし、特に上海エリアで大手日系企業を数多く、顧客として抱えており、会社の業容も拡大しております。
仮に、X社長とします。

中々、衝撃的な呑み会でした。
3時間に及ぶ会話をすべて録音して、公開したい位です。笑。
以下、テーマごとに抄訳します。

*****************
1. 中国経済全般と日系進出企業に関し。

X社長 「一年ぶりですね。お元気でしたか?」

貴公子 「こちらこそ、お久しぶりです。どうですか、東京は?」

X社長 「ここ数年は、数か月於きに仕事で来ているが、東京に来るとホッとしますね。」

貴公子 「治安が良いと言う事ですか?」

X社長 「そうではなく、物価が安いと感じます。上海の物価はここ数年で急騰しており、サービス業の価格は、明らかに東京以上だ。」

貴公子 「日本では、中国経済は調子が悪く、日系企業をはじめとした外資の撤退が相次いでいると聞いていますが。。。」

X社長 「確かに、製造業を中心に撤退は多いが、逆にサービス業(例えばコンサルとか)の参入は多く、実感として、景気が停滞しているとは思わない。だから、物価も上昇している。」

貴公子 「最近、テスラモーターに関する本を読んだが(講談社刊、イーロン・マスク 未来を創る男)、中国ではテスラモーターは手広く商売しているようですね。」

X社長 「上海では、テスラの電気自動車は良く見る。東京で見かけないのは不思議に思っていた。消費市場としての中国は、どの国の企業も無視できないのが現状だ。」

貴公子 「なるほど。企業ITも上海の方が進んでいる様ですしね。」

X社長 「例えば、日系企業の中国拠点のIT環境は、日本本社よりも進んでいる。日本は、何でもかんでも役員会決裁で、時間が掛かり過ぎる。企業IT環境に関して言えば、上海の方が東京よりも高度ですね。」

貴公子 「なるほど、『失われた20年』は30年へと伸びている訳ですね。」



2.  今後のIT業界の展望

貴公子 「ところで、X社長は、仮想化技術に2010年以前から注目し、そちらの方に社内資源を重点展開し、ここ数年で業容を大幅に拡大した訳ですが、いつ頃から、今の状況が見えていましたか?」

X社長 「2008年には見えていた。2008年以前は、SI事業に主力を置いていたが、2009年にはSI部門は切り離して、上海でのデータセンター運営事業に集中した。周りよりも3年位、気が付くの早かったとは思う。」

貴公子 「2008年の段階で見えていたと言うのは、さすがです。私は2012年位まで、見えなかった。これから、2020年に掛けてどうなると思いますか?」
 
X社長 「クラウド化が進展するのは間違いない。よって、当社もアプリ側に舵を切っている。ただ、2020年以降に関しては、正直、見当が付かない。何しろ技術の進展が早い業界だから。」

貴公子 「なるほど。ところで、どうですか?日中を股に掛けるグローバル企業のオーナー兼社長の地位は?」

X社長 「最大株主でもあるので、重要な意思決定はするが、日常のこまごました業務には一切、口を出さない事にしている。当社はすでに優秀な人材を上海で揃えているので、自動車に例えれば、エンジン出力は高い。よって、ハンドル捌きが私の仕事になっている。トップのちょっとしたハンドルミスが数年後の大事故に繋がるのは、貴公子さんもよく分かるでしょう。」

3. ゴルフについて。

X社長 「上海に比べれば、日本のゴルフ場は激安だ。今度、一緒にプレーしよう。」

貴公子 「下手だけど、よろしくお願いします。」

X社長 「ゴルフはビジネスに欠かせない。一緒にプレーして、そのプレースタイルを見る事で、一緒に仕事が出来る人かどうかが判断できる。上手いとか下手ではなくて、『相手をケアできる人間か?』とか『自分勝手な人間か否か?』も含めて、多くの事が分かる。」

貴公子 「なるほど、深いですね。では今度、一緒に成田空港近くのコースでやりましょう!」

X社長 「虹橋空港近くのコースで会員権を持っているから、次回、上海に来る時は、ゴルフバックを持って来てくださいね。」

4. 御縁について。

貴公子 「ところで、今度、転職する事になりました。転職先は、○○社です。多分、御存じだと思いますが。。。。」

X社長 「○○社だって。。。あの○○社????」

貴公子 「まあ、IT企業としては有名だから、御存じだとは思いましたが。。。何か上海で繋がりがあるんですか?」

X社長 「あるもないも、○○社とは、上海で協業関係を超えて、パートーナー契約を結んでいるよ。転職面接では、××さんの面接もあったんじゃない?」

貴公子 「××さんは、面接官でもあったし、入社後の貴公子の上司です。」

X社長 「正に、偶然だ! 凄いし、驚きだ!」

貴公子 「びっくりですね。世界って狭いですね。ただ、貴公子は8年前に貴社を数ある上海のSI企業の中から選択した。そして、○○社は4年前に貴社をパートナーとして選択した。つまり、貴公子と○○社は、同じ嗅覚を持っていると言う事だから、その○○社が今回、貴公子を中堅管理職として、採用したことはある種の必然かも知れませんね。」

X社長 「面白い事を言うね。正に、天佑かもしれないね。では、乾杯!」
******************

あっと言う間の3時間でした。
ビールのグラスで乾杯した後は、ちょっと高めのワインをボトルで入れて、肉料理をつつきながらの歓談となりました。
すべての会話が勉強になりましたし、とても刺激的でした。

これから、貴公子は新天地で、グローバル化のバージョンアップをします。
まだまだ、青いですが、これからも応援をお願いします!

2015年11月5日木曜日

転機10 ~モデル事務所に転職が決まりました!

社内で、転職の噂が一気に広まりました。

早速、何人から、「どこに転職するの?」と聞かれましたが、はっきり言って、あんまり答えたくありません。
と言うのも、どの程度、興味があって聞いてくるのか分からないからです。
人によっては、「明日も天気が良いですかねえ?」位の挨拶レベルで聞いてくる人もいるので、正直に言って、真面目に回答する気がありません。

よって、貴公子の一次回答は、常に以下です。
「いや~。長年の夢が叶って、モデル事務所に転職することができたよ。貴公子はやはりルックスに救われて今までも生きてこれたし、今後もルックス重視で生きていこうと心に決めたよ。勿論、事務所に所属する事とモデルとして成功することは別だけど、まあ一歩、前進だね。」

そんなふざけた回答です。
ただ、この回答で、8割はにこやかに笑って満足して質問終了となるので、「やはりその程度の『深度』で聞いているんだなあ。」と変に感心してしまいます。

ポーカー好きの貴公子としては、自分の手は不用意に明かさないと言う事が身についております。笑
よって、「○○社に決まりました!」なんて誰にでも彼にでも言わないし、そのつもりもありません。
ただごく少数の人は、「貴公子さん、ふざけた回答ではなく、本当にどうするの?」と聞いてきます。
ここから先は、貴公子が感じるその人の器量ですね。
その人が心を籠めて真剣に聞いてきていると言う事がまず一点。
その次は、この聞き手に対し、ポーカーの手を見せる価値があると貴公子が考えるか否かです。

この2点を満たした時に、初めて貴公子は、自分の手札をオープンします。
従って、一次回答は常に、「長年の夢が叶って、モデル事務所に転職が決まりました!」ですね。
まあ、会社の同僚が何人か気に掛けてくれていると言う事実に対して、感謝しております。



2015年11月2日月曜日

転機9 ~ 上から目線で恐縮ですが、ちょっと助言をしたいです!

前回のアップは、一部の人には、衝撃的だった様です。
これです。→ 転機8 ~ 同業他社の派遣ITエンジニアで働く覚悟!

ある人からは、下記の様なメールを頂きました。

>貴公子様と、同年代の転職希望者αです。
>(中略)
>正直、そこまで転職が厳しいとは思いませんでした。
>転職するかしないかも含めて、考え直します。

確かに、厳しいと思います。
何てたって、中年の転職ですから。
「何でも良い。どこでも良い。」と言うのなら兎も角、多少とも選別すれば、飛躍的に難しくなると思っております。

ただ、貴公子の心境は、司馬遷の史記、漢楚伝説の韓信と同じでしたね。
韓信は、項羽に仕えていた時は、全く出世が出来ず、3年間を一介の警備兵として過ごしたが、劉邦に仕えてからは、あっと言う間に大将軍にまで出世し、実質的に漢の国のNo.2になりました。
この韓信こそが、後に劉邦が項羽を破り、天下統一する際のキーパーソンとなりました。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」とは、中国の故事であるが、「小人物には、大人物の考えや大きな志などがわからない」との意味です。
貴公子は転じて、「自分に不適合な環境に居ては、自分を生かせない。自分に合った環境こそが個人の飛躍に不可欠だ。」との強い意識を持っております。

4次面接で落とされた会社もあったが、そう言う時でも、「自分は、あの会社は合ってなかっただけで、自分の能力が劣る訳ではない。」との意識を強く持ちました。
韓信ほどの男でも、項羽には全く評価されなかったと言う事が、転職期間中は常に頭によぎっておりました。

「自分にとっての劉邦を探すんだ!」と言う強い気持ちで臨み、最終的には、『劉邦』と出会う事ができたと思っております。
αさんも、厳しいでしょうが、きっとαさんにとっての劉邦が見つかると思います。
健闘をお祈りします!

頑張って下さい。